第39話絶対安静
「あら!マイロ、無理しないでちょうだい!」
お腹が目立ってきて、いよいよ出産まで二カ月ほど。
けれど、マイロは仕事を休もうとしなかった。
むしろ以前より意欲的に動いている気がしてならない。
見ていてはらはらする。
他のメイドが手出しすることを極端に嫌がった。
「少しくらい動いた方が良いそうですよ」
「少しくらいって、あなた動きすぎよ!?水桶なんて重たいもの、妊婦さんが運ばないでちょうだい!」
けれど、彼女はスタスタと行ってしまう。
お腹が大きくなり、姿勢がやや後傾になっていて腰も痛めそうである。
「なにをムキになっているの!?」
「ムキになどなっていません!」
「マイロ!!…近頃あなた変よ?」
「なぜ…」と言って、水桶を置いて、彼女はお腹に手を当てた。
「なぜ女ばかりがこんな思いをしなければならないのでしょう?親になるのは私だけですか。ソバタだって責任の半分はあるというのに。その責任だって放棄して…!!悔しい!ずるい!酷い!…そんな言葉しか出てこない私に一番腹が立ちます」
「あのねぇ、マイロ」
マイロは俯いたままである。
私は彼女のお腹にそっと手を当てた。
「女が産むのは当然でしょう。それが自然のことわり、摂理だわ。それをどうやったって捻じ曲げることはできないのよ。それをソバタに代わってもらうことはできないの」
「…奥様は産んだことがないから、そんなこと、言えるのです…」
「ええそうよ。産んだことはない。だからあなたの苦しみを他の誰かが肩代わりすることも、あなたの赤ちゃんをあなた以外が産むこともできない。そう作られているからよ。私がどんなに願ったって、あなたの赤ちゃんを私が産むことは叶わない」
「ならば使用人の女一人に構わず放っておいて下さい」
「ねえ、マイロ、そんなに腐らないで。未来が暗いと誰が決めたの?悔しい気持ちに引っ張られて、ソバタへの苦しい気持ちだけで生き抜かないで。あなたの守るべきものはなに?」
「…復讐を遂げた奥様に言われたくありません」
「ええ、本当にそうね」
マイロは「お腹が張るので、少し休憩します」と言って、やはり水桶を持って去っていった。
その姿を見て、とても心が痛んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
翌日、マイロに絶対安静が言い渡された。
「切迫早産ですね。いつ出てきてもおかしくありません。せめてまだあとひと月はお腹の中にいないと母子共に大変危険でしょう」
「平気です。そんなもの。今までだって動いていたのですから」
起きあがろうとするマイロを、助産師が引っ叩いた。
「あなたは平気でも、お腹の子は平気じゃありませんよ」
怒っているが、冷静さが伝わる。
「平気だと言っているでしょう!」
「あなたは子どもを危険に晒しますか?その子はあなたではありません。今はあなたと身体を共有しているだけ。子どもの運命を、命の期限を、親が勝手に決めて良いと思うのですか?ならばお好きになさい。私は私の仕事としてあなたに忠告しました」
「あなたには分かりません。私が今どんな気持ちか」
「あなた、自分のご機嫌くらい自分で取りなさい。まるでお母さんの腕の中で泣いている赤ちゃんと一緒ね」
そう言って部屋を出ていってしまった。
かなり痛烈な一言に、マイロは顔を真っ赤にしている。
私はかける言葉もなく、部屋を後にした。
それからマイロは出産まで大人しく部屋で養生したのだから、助産師には感謝である。
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