第38話殴り合いの喧嘩(ソバタ視点)
乗合馬車に揺られて、懐かしい地元へと帰った。
正直言って、僕はお堅い女性を口説き落とすのが趣味だ。
そういった特性を考えると、恐らく僕は下衆の分類である。
けれど、仕事はきちんとこなしたし、みんなの信頼は得られていたと思う。
マイロを口説くのに三年かかった。
(可愛かったな)
いや、何を考えているのか。
これから僕は花嫁を迎えるというのに。
半年前、父親から結婚を打診された時は勿論最初は断った。
けれど、相手は地元でも有数のオカネモチである。
僕だって、勿論カールライヒ邸で働いているのだから、それなりに貰ってはいる。
けれど、ふんぞり返ってのんびり暮らしているわけではない。あくせく働いて得ている賃金なのである。
仕事が嫌いなわけではないけれど、座して金が入るのならそれに越したことはないではないか。
親の面倒だって近くで見れるし、相手は僕に尽くしてくれるんだろう、僕に惚れているのなら多分。ほら、みんなが幸せだ。
それで、急にマイロが邪魔になった。
取り敢えず、辞めるまで恋人ごっこをすれば、暇つぶしにはなった。
マイロのいいところは、とやかく煩く言わないところ、泣いて縋るようなことは絶対にしないことだ。
まさかマイロ以外の全員を敵に回すことになるなんて、思ってもみなかったけれど。
(たまにあちらへ寄った時には相手してもらおう)
とすぐにそういうことが頭に浮かぶ。
子どもができたと言っていた。どうするんだろう。
まあ、マイロならなんでもそつなくこなすんだろうし、そっちで適当に育ててくれるんだろう。僕が産むわけじゃないんだし。
辞めた理由を隠すこともあり、足取り軽くとはいかなかったが、実家の扉を開けると、懐かしい匂いと共に母が出迎えてくれた。
「随分と急に帰ってきたな」父が少し慌てるように出てきた。
「結婚式の準備や、相手のご両親への挨拶も済まさなければならないし、少し早く帰ってきたのさ」
良くもまあ、こんなにペラペラと適当なことが言えたものだと自分自身に感心すらした。
父と母が顔を見合わせている。
「?なんだよ、せっかく息子が早く帰って来たんだから、もっと喜んでよ」
「いやぁ、手紙を出したんだがなあ…行き違いになったかもしらんなあ…」
「手紙?なんだよ」
父は頬をかきながら目を泳がせて言った。
「いや……その、破談に、なった…」
「は?はだん?破談って…結婚は取りやめって…こと?」
母が慌てたように割って入る。
「相手のお嬢さん、リナリーさん。別の方と駆け落ちされたの」
「はあ!?そんなことあるかよ!こっちは仕事辞めて来てるんだぞ!!!」
「お前、向こうのご両親と挨拶してから辞めると言っていたじゃないか。だから報せを聞いてすぐに手紙を出したんだぞ。お前こそなんだって相談もせずに急に辞めて来たんだ」
父が責めるので、頭に血が上った。
「くそーーー!!僕に惚れて結婚したいって言って来たんじゃないのか!?乗り込んでやる!!!」
「やめなさい!小さい村なのよ!?変なことしてご近所から後ろ指を刺されるようなことはやめて!!!貴方だけの問題じゃないの!」
「父さんと母さんだって悪いんだぞ!結婚の話を持って来たのはそっちだろ!」
「嫌だったら断ればよかっただろ!!」
「だから最初断ったじゃないか!!!」
僕と父は5年ぶりに殴り合いの喧嘩をした。
負けた。
何しろ、父は木こりなのだ。体力で勝てるわけがないんだ。
ボコボコに腫れた顔を冷やす。
「だっせぇ…」
西陽がさす部屋の、ノックが鳴らされる。
「飯だ。息子が帰って来たんだ、母さんがお前の好物作ったぞ」
父はけろりとしたものだ。
勿論父に怪我など一つもない。
僕は顔面あざだらけ。瞼も腫れ上がっている。
ここで反抗するのはもっとダサいと思ったので、大人しく言うことを聞いた。
いい匂いがする。母が作る料理の匂いだ。
鳥肉の牛乳煮込み。母の得意料理。
口の中は幸い切れていなかったので一気に頬張る。
その様子をにこにこと見ている母と、うまいうまい、と言って食べている父がいる。
「父さんと母さんはさ、何で結婚したの?」
「母さんの一目惚れだな!」
「馬鹿ね!貴方が猛アタックしたんじゃない。この人ね、毎日毎日口説きに来たのよ。2年も!雨の日も風の日も、花を一輪持ってさ。そのうち段々可哀想になっちゃって、結婚してあげたのー」
肘をつきながら母は笑って言った。
父は顔を真っ赤にしている。
「やめなさい!ソバタ、それ食ったらお前、職場帰れ」
「え…?」
「俺がカールライヒ伯爵に一筆書いてやるからよ!頭下げて再雇用してもらえ!」
「いや、あの…」
「わかったら早く食え!」
「あの…父さん…?」
(どうしよう)
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