第36話マイロブレンド(マイロ視点)
ソバタが結婚するという。
相手は地元の名家の娘で、半年前の里帰りの際に父親から打診されたらしい。
そのお嬢さんというのがソバタに想いを寄せていた、ありがちな話である。
彼の父としては、結婚を機に故郷に帰ってきて自分たちの面倒も見てもらいたいと、そう言う事なのだそうだ。
(気を遣わず、早く言ってくれたら良かったのに)
きっとソバタは酷い、のだろう。
正直言ってよく分からない。
気を遣われる方がよっぽど嫌だというのに。
(恋仲になる前から…ただの同僚の時からと考えると随分長い間一緒にいたと思うけど、どうやら私のそういう気質は伝わっていなかったのかしら)
考えたって仕様がない事なのだ。
切り替えて仕事をしよう。
奥様の快気祝いに頂いたお花を飾らなければ。
旦那様のお気に入りの花瓶に水を汲む。
パッと腕やエプロンに水が飛んだ。
(え?)
違う、涙が。涙が出ていた。
(???)
何に対する涙なのだろうか。
「馬鹿ね。行かないでと縋れるほど、私は可愛い性格じゃない…」
ごしごしと袖で涙を拭った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
大層手の込んだ料理が並べられる。
後で私たちも頂くが、今日はもう食べずに眠りたい。
ソバタは忙しそうに厨房と食堂を行ったり来たりしている。
私とすれ違う時目も合わさない。
(そうやって気まずくさせてどうするの。それとも、私にショックを受けて欲しかったの?どちらにせよ腹立たしいわね)
私は首に巻いたハンカチにそっと触れる。
奥様も旦那様も楽しそうにひと時を過ごされている様子で何よりだ。
仕事中だと言うのに、自分の想いに駆られてメイド失格だわ。
今の私の使命は、この快気祝いをより良いものにすること。
私は、ひっそりとこの恋を終わらせることにした。
深く深く深呼吸をし、笑顔で食後のコーヒーをお出しする。
奥様も旦那様も私が挽いたオリジナルのブレンドコーヒーを褒めてくださるので、今日もいつものようにコーヒーを淹れた。
香りを堪能してから、一口含まれた時の緊張はいつもの事。
「…マイロ…ちょっといいかしら?」
奥様が私に向き直ったのでどきりとした。
「あ、何か失礼がありましたでしょうか?」
豆は仕入れたばかりだし、湿気っていると言うことはないだろう。
きちんと測って淹れたし、思い当たるところはない。
けれど旦那様も私の方を向いて、じっと見つめられた。
「ソバタも呼んできなさい」
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