マイロとソバタの話し

第35話見ちゃった!

何年も帰っていなかったかの様に、この屋敷が懐かしい。


居間には、たくさんの果物と、冷たい水が用意されていて涙が溢れてしまう。

それらを十分に頂いて、身体が蘇るのを感じた。

みんなみんな、私がゆっくり食べるのをずっと見守ってくれてまた泣いてしまいそうになる。


食後しばらくして、ゆっくりとした湯浴みの時間を設けてくれた。

最高のオイルと、花びらが散らされた浴槽に、全てのことが溶けていくみたいだ。


それで、やっと旦那様に向き合うことができた訳だが、私は顔を上げることができずにいた。

旦那様はため息をついている。

当然だ。私が連れ去られるような馬鹿な真似をしたのだから。


申し訳なくて、旦那様の顔を見ることができない。


「リリア」

そう呼ばれても、俯くことしかできない。

迷惑をかけてばかり、心配させてばかりだ。


「リリア!」

少し大きな声にびくりとしてしまう。

旦那様はそれにまたため息をついた。


(さぞ見損なわれただろう)


そこでマイロが旦那様を嗜めた。

「旦那様はただでさえ高圧的なんですから、旦那様が悪いんです。もっと優しくして差し上げなければ、今に奥様から見放されますよ」


(見放されるのは私の方だと言うのに)


旦那様は「わかったよ…」と言って私の肩を抱いた。

「すまない、リリア。顔を上げて欲しい」


私はぶんぶんと顔を振った。

旦那様は優しく声をかけてくれる。

「体調も優れないのだろう?」


これには答えなかった。

事実体調は最悪である。

でも、そんな事を言ってもっと心配をかけたくなかった。


俯くばかりの私に、旦那様がじれじれしているのが伝わる。

「あー!もう!」と言うと、私を抱き上げて立ち上がった。

マイロ達が驚いた声を上げる。

けれど、旦那様は構わず屋敷の中をずんずんと進んでいく。


(遂に放り出されるのかしら…)


そんな事を思っていると、辿り着いたのは主寝室だった。

驚いていると、綺麗にベッドメイクされたそこへ、私を横たえてくれる。


「旦那様…」

「きちんと良く寝て、早く風邪を治してしまえ。拗らせたら大変だ」

「私を責めないのですか?」

「なんでリリアを責めるんだ」

「ドレッディ…あの画家の人はどうなりますか?」

「さあな。リリアは知らなくて良い」

「私は……」

堪えていた涙がどっと溢れる。

それを旦那様が拭ってくれた。


「おかえり、リリア」

「うぅーっ。もう会えないかと…」

旦那様が、布団の上からぎゅうと抱きしめてくれる。

「…君がどこにいたって、私が探し出す。誰でもない、私が一番に見つける。だから安心して寝なさい」

「うぅ…はい…」


それから旦那様は、私が眠るまで手を握っていてくれた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





翌朝目が覚めると、ベッドの中には旦那様の温もりが残っていた。


(もうお仕事に行かれたのね)


少し寂しいような、切ないような、なんとも言えない気持ちがした。


(お見送りをしたかった)

昨日のこともあって起こさないでいてくれたのだろう。

(どうして私なんかを甘やかすんだろう)

そんな事を思って、顔が熱くなった。



朝日を浴びる。すっかり体調が戻ったことを確信した。それで、庭園を散歩してみようと思い立った。


いつかの噴水、薔薇のアーチを抜けると現れる彫刻の数々。


(とても素敵だわ)


そんな事を思いながら歩いていると、ぽそぽそと話し声が聞こえてきた。


(ここは確か、厨房の真裏だわ)


ひょこっと顔を覗くと、そこで

マイロとソバタが口付けを交わしていた。


(!!!!?びっ………)


思わず隠れる。


(っっっくりしたぁぁ!!!!)


ドッドッドッドッと心臓が五月蝿い。


(え、あの二人……そうよね、そういうことよね!?)


ぐるぐるぐると頭の中に色々な想いが巡る。


(どうしよう!)

私は頭を抱えた。



それから一日中、(どうしよう!)の嵐だった。


湯浴みの時、食事の時、手紙の返事を書く時、いつだってマイロがいる。

旦那様を出迎える時、晩酌にお付き合いする時、他愛もない話しをする時、いつだってソバタがいる。


旦那様はウイスキーを舐めながら私に微笑む。

「体調が戻って何よりだ、リリア」

「ソウデスネ…」

「?なんだ?様子が変だぞ。治ったと聞いたが、まだ具合が良くないのか?」

「イイエ、ゲンキデス…」


(ソバタがこっちを見てる!!それは見るよね!そりゃあ見るんだけど!)


さっきの口付けが頭から離れない。

私が見てしまった事が知れたらきっと気まずくなる。

そう思うと、余計にぎこちなくなる。

私は考えている事が思いっきり顔に出る質だ。

あの二人には幸せになって欲しい。

ならばそっとして置いてあげるのがベストだろう。



結局、その日は寝れずに夜が明けた。

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