第27話62 復讐の発芽(フォレスティーヌ視点)

「フォレスティーヌ様は『偽りの花嫁』の演劇をご覧になりまして?」

エイミー・ライラック子爵令嬢、今は結婚されてフォン男爵夫人は言った。


この人は暇さえあれば演劇に行く。

理由は簡単だ。

演劇は異国の者も多く関わっている。

舞台裏で働く異邦民を吟味しているのである。

いつものことなので、いつものように質問した。

「お眼鏡に適う異国の男でもいらしたの?」

「あらあ!それはそれとしてよ!とても刺激的な脚本だったの。ほら、流行ったでしょう?同名の自叙伝」

「おほほほ…私、離縁してからあまり外に出なかったでしょう、最近の流行りがよく分からなくって」

離縁してからも何も元より本など読まない。

初版は誤字脱字が目について読めたものではないし、それ以降は読む価値を見出せない。


紅茶が入ったカップを眺める。

(…カッシーナのカップ。奴隷売買で相当儲けているようね)

心の中に澱が溜まっていくようだ。帰ったらこれと同じものを父に強請ろう。


それにしても紅茶が不味い。

どこ産の茶葉だろう。すえたような匂いがする。

加えて随分ぬるい。思わず「不味い」と喉まで出かかってしまう。

「これ、」と言いかけたが、フォン男爵夫人は、にこにこしながら演劇の内容を喋っている。

「それでね、

その著者は好きな人とせっかく結婚したというのに、姉妹が夫を交換するのよ…あら?」

私は思わず紅茶カップを落とした。

「…なんですって?」

「そういえば、フォレスティーヌ様の所もそうではなくて?あら、あらあらあら」


ぱさっと扇子が開かれて口元を隠す。

あれは人を見下している目だ。

隠れた口元はさぞ歪んでいるんだろう。


「エイミー様は、な、何が言いたいのかしら」

「ご存知?今、社交界では、その話題で持ちきりなんですのよ。貴方が本の中の"姉の方"じゃないかって。まあ、貴方は密会でお忙しいんでしょうけれど」


家に篭っているのだから、ご存知の訳があるまい。

香水臭い顔が近づいた。思わず鼻と口を覆った。


「……今までなんとか融通してあげていましたけれどねぇ。これからはちょっと…無理そうね」

「ば、馬鹿を言わないで?貴方だって貴方のご主人だって困るのよ!?」

「さあ?それはどうかしら。貴方、悪目立ちしすぎるのよ」

「し、死体は…?…死んだのよ!どうしたらいいの!?」

「また!?あのね、前回も処理が大変だったのよ。癖は好き好きだけれど、面倒事を押し付けないでくださる?」


フォン男爵夫人は立ち上がり、「良き週末を」と言って帰宅を促された。

「ちょっと待ってよ!話題で持ちきりですって!?私が何をしたと言うのよ!」

「ならば面倒くさがらずに読んでご覧なさいな。もしくは演劇の方をご覧になる?まあ、私なら自分の醜態が記された本なんて読めたものじゃないし、演劇となれば尚更ね」

「…醜態?なぜ醜態なのよ」

「貴方、妹にしてやられたのねぇ。それはそれは恥ずかしかったわよぉ。貴方と友人だなんて知られたくないくらい」

バサリとテーブルに本が置かれる。

「お貸しするわ」


全てを完璧に囲まれた私が陥れられる内容などない。

あるとすれば、それは奴隷を買って、否飼っていることくらい。

知っているのはこの女と、その夫とそれからヴァンルード。


睨みながらその本を手に取って、ぱらりと捲った。

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