第28話姉妹の婚約者を交換した理由(フォレスティーヌ視点)

ダンフォン侯爵令嬢の成人パーティで出会った、ヴァンルード侯爵からプロポーズを頂いた。


「君がこの世で一番美しく聡明だ。どうか僕と結婚してほしい」


低く跪いた彼とは対照的に、たくさんの百合の花束が高く高くかかげられた。


この人は、初対面の私に対して開口一番「青いドレスが破れたと言ったのは貴方か」と聞いた。


私はピンと来た。


(ああ、この人はリリアと私を間違えているんだろうな)

と。


面白い

面白い 面白い


ゾクゾクする。


この人を奪って生涯妹に見せびらかせるんだ。


いや、待て。

リリアはこの人のことを知っているのだろうか?

あの子は徹底して異性への気持ちを私に明かさない。

ならば、その口から明かすように仕向ければ良い。


ヴァンルード侯爵の口ぶりから、二人に接点があることは確実だろう。

だが、この人の熱量とリリアの熱量が違うかも知れぬ。

何しろ私とリリアを間違えるくらいなのだから、年月が経っているか、顔がわからぬ何かがあったのか、或いはそのどちらもか。

なんにせよ、私とリリアでは髪の色が違いすぎるのだから、疑問は残る。

リリア本人に直接質すのは絶対に嫌だ。

あの子が知らぬうちに、何も知らぬうちに、ただ時が過ぎているその最中で、突然私たちが婚約したと知った時の顔が見たい。


一瞬のうちにここまで考え至ると、少しだけ迷っているようなそぶりを見せてから、彼を見つめた。

焦った彼は、更に天高く花束を突き上げ言った。

「君のためなら、僕はなんだってしよう!」

それは私にとってこの上なく都合のいい言葉だ。


「私で良ければ喜んでお受けしますわ」





✳︎ ✳︎ ✳︎





私とヴァンルード侯爵の婚約を知ると、リリアは両手で口を押さえて

「おめでとう、ございます」と絞り出すように言った。


ヴァンルード侯爵を我が家に招いた。両親は上機嫌である。リリアは顔を赤くしていた。

やはり彼のことが好きなのかも知れない。


(なぜ彼がうちに来たと思う?)


そこで私はリリアにサプライズ報告をしたのだ。

しばらく俯いていたリリアだったが、場も中盤になると姿が見えない。


私は屋敷中探した。

なんのことはない、あの子は自室に戻って布団に包まって泣いているじゃないか。


羨ましい?

羨ましいのね?

羨ましいんでしょう!?


なんという優越感。

あまりのことに全身の筋肉が硬直し、気を失いそうになる。

頭の奥がヒリつくような甘美な毒だ。


もっと、

もっと もっと もっと

あの子に劣等感を与えたい。

あの子の幸せを全部私のものにしたい。

そのためには、幸せの予感を与えなければならない。

少しだけ見えたその幸せを横から取り上げてしまいましょう。


恋を取り上げられて可哀想なリリアちゃんに束の間の幸せを見せてあげるのはどうかしら。

でもね、全部はあげないのよ。

少しだけ味見させてあげるの。

どんなに素敵なものか知った後で、私がちゃあんと貰ってあげるわ。


ふふふ楽しみね。


あの人は五月蝿く言うかしら。

きっと言わないわ、だって私の言うことならばなんだって聞くのでしょう?

それくらいで五月蝿く言うなら、こちらから願い下げだわ。


私はヴァンルード侯爵のことなどどうだって良いの。

だから胸の中に仕舞っておくわね。言ったら貴方、リリアに知れてしまうかも知れないでしょう。

一年が経ったら貴方の元に戻ってあげる。貴方はさぞ喜ぶでしょう。

あの子は哭くんでしょう。


この際だから、体良く使わせてもらおう。

私にとって使い勝手の良い人間は貴重だ。使える時に使い潰してあげよう。だから私を捨てるなんて許さないわよ?

私が貴方に使い道を見出せなくなったら、私が破棄すてるんだから。





✳︎ ✳︎ ✳︎





「リリアが求婚されたですって?」



息を切らして部屋に駆け込んだ。

ヴァンルード!なにが「何でも言うことを聞く」なのよ。嘘ばっかり。手こずらせて。

手で本棚を殴りつけた。びっしりと本が詰まった本棚は、私が殴ったぐらいではびくともしないくせに、右手はじんじんと痛みが広がっていく。


腹が立つ。



『君のことが好きなら妹と結婚してくれって…?なんで…そうなる…?』

『どうやら、リリアは貴方を想っているらしいのよ』

『だとしても…それは僕たちの婚約を解消する理由になるのかい!?』

『貴方は私の言う事はなんでも聞くんでしょう?あれは嘘?ああ、嘘なのね?』

『嘘じゃない!君の願いならなんだって聞いてあげたいと………そうだな…少し考えさせてくれ』



貴方がなかなか首を縦に振らないから。そうこうしている内にあの子に求婚する者が現れてしまった。

こんなに面倒な展開は望んでいない。

腫れ上がった右手の爪を噛んだ。



その夜、父は今までにないくらい上機嫌で滅多に飲まないウイスキーを飲んでいた。

父が酒を飲むなんて珍しいと思った。祝い事でしか飲まないのだ。それも舐める程度。母に厳しく言われているからだ。


「フォレスティーヌ!聞いただろう!?リリアの婚約が決まったんだよ!」

「何度も聞いたわ、鬱陶しい。ねえお母様、なんなのあれ?」

母は、父が酔うと普段に増して面倒なことを知っているので、ため息をつく。

嬉しそうな父とは対照的に、リリアはもそもそと食事を進めていた。

母はそんな二人を気にすると、私に耳打ちした。

「リリアが求婚されたでしょう?お相手があのカールライヒ伯爵なのよ」

「…なんですって?」

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