私の復讐劇
第25話流行りの本
この物語を姉、ネフィソルテに捧ぐ。
『偽りの花嫁が手に入れた真実の幸せ』
レディ・アイリル著
私は真実幸せであった。
時に、人というのは過ちを犯す。
過ちというのには毒性がある。大量に摂取すれば死に至る。
ところが徐々に摂取すれば慣れるという特性を持つ。
塩と同じ。信じられなければ今日から少しずつ量を増やしてみれば良い。一ヶ月もすれば貴方の舌はごく薄い塩味を感じなくなるだろう。感覚が麻痺するのだ。
過ちを過ちと感じない人たちというのはそういう人たちなのかも知れない。
中略
私の父というのが厄介で、自分の喋ることに関しては他人の耳をこじ開けてでも何時間と喋りたいのに対し、他人の言葉を聞きたがらない。
特に子どもの甲高い声は苦手であった。
加えて姉は悪知恵が回った。平気で人のせいにもできるし、指摘する物に関して「なるほど」と思わせてしまう特有の話術は、他人の話を面倒に思う(それは時に思い込みを助長させた)父にとって非常に効果的であった。特別姉を溺愛していたわけではないが、父は姉に対して憐憫の感情を抱いていた。
なぜならば、姉は父の中で「可哀想な存在」だからだ。比護欲を掻き立てる、傷ついた赤子のような、捨てられたぬいぐるみのような、そのような心の中にいつまでも暗く影を落とす心配の種。
例えば、私は青いドレスを持っていた。それは姉の手によって破かれたのだが、信じられないことに、いつの間にか父親に殴られていたのは私であった。
ちなみに「目が生意気だ」と言った姉の一言でもう一発が追加された。
中略
私は時折破かれたドレスを着て鏡の前に立った。
なぜならば、誕生日に買ってもらったこの青いドレスは、初めて袖を通してすぐに姉に破かれたために日の目を見ることなく着られなくなったのである。
そんな風にして時折着てはため息をついていたのだが、15歳の頃、ついに着るのが難しくなった。
明らかに寸足らず。これではもう着られまい。
今日が最後だと思い、ロングブーツを履いて丈を誤魔化し、くるりと鏡の前で回転した。
そこへ、父がやってきたのだ。
「おい、貴様何をやっているのだ。そんなものをいつまでも後生大事に持っていて何になる。くだらない。暇があるなら淑女の嗜みの一つでも覚えたらどうだ。一番くだらないのは貴様だ」
と、そんな調子で二時間鏡の前でぐだぐだと講釈を垂れた。
気がつくと私は公園にいたのだと思う。
確か父は誰かに呼ばれて、それでもなお喋りながら去って行った。そう記憶している。今の私には、まるで半世紀も遠い昔のようだ。
そこで転んだ子どもがいたので、擦りむいた膝小僧に巻いてあげたのだ。
ドレスもさぞ本望だっただろう。
中略
おかしいと思うかも知れないが、私は前夫と結婚するまで自分は幸せなのだと信じて疑わなかった。
それが、本当に好きな人と結ばれて疑問を持つようになったのだ。
しかしどうやら夫との夫婦関係は破綻していたらしい。
らしいというのは、私はそれに気が付かなかったからだ。
上手くいっている、幸せだと信じていた。そう思っていたのは私だけだった訳だ。
ところがある日夫から離縁を言い渡されたのだ。
本当に好きな女性と結婚したい、と。
勿論拒否したが、最終的には離縁届けにサインをした。
それというのも、姉が再婚相手だったからだ。
そうだ、二人でどん底まで堕ちればいい。この二人が一緒になって幸せになれるはずがない。私も不幸の淵で待ち構えていてやる、という気持ちにさえなった。
それと同時に私だけは幸せにならなければとも思った。
こういう気持ちの乖離というのは、私の中でまま起こる。
振り子のように揺れ動き、最後の一点を指し示した。
『私は絶対に幸せになってみせる』
中略
姉は私のものを欲しがる、交換してくれとせがむ。
交換したら、やはり私が持っているものが欲しくなる。
気がついた時には、姉が所有しているものはどうしようもないほど破綻している。
それに「つまらないものを掴まされた」と感じるそうだ。永遠の堂々巡りである。
姉には感謝している。姉のお陰で私は今の夫と結ばれたからだ。
私は今、噴水のある邸宅で夫と幸せに暮らしている。
これは、私の復讐の物語である。
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