第3話

 世界が縮まる。

 否、そう見えるだけ。そう錯覚するだけ。


 暗闇が近付き、空は迫る。

 目の前には、真っ暗な世界の縮図が広がっていた。


 あの頃は、遥か彼方にあった場所が今では、一歩踏み出せば手が届くところにある。

 

 この感覚はずっと前にも感じたことのあるもの。できることが一つ増えただけで、何でもできると思い込んだ──あの時とまったく同じだ。

 もう救った気でいた。

 

 気付けば、高まる鼓動に合わせて、足は駆け出していた。光が呑まれた暗闇の中で、灯る光を探している。途方もない探しものが、ここにある。


 私は見つけることができるか?

 あの少女の手を取ることができるのか?


 はっきり言って、分からない。私は何度も失敗を繰り返してきたから──思い出す。

 よりによって、それは一番辛い記憶だった。



 あの時、私は何だってできると思っていた。学校の成績はいつも満点だったし、夕方の習い事も休むことなく通っていた。

 友達もいっぱいいた。家のお手伝いだって、毎日欠かさず努めていた。


 そんな私でも、どうにもならないことはあった。愚かにも私は、それが分からなかったらしい。


 家でいつも寝ている母。

 私の前では笑顔しか見せなかった、優しい母。

 死期が近いことを知ると、娘に自分の死に顔を見せないように何処か遠くへ行ってしまう──優しすぎてどうしようもない人。


 テストの満点を見せた時も、友達を連れてきた時も、頑張って料理を作った時も。最後まで笑顔だけしか見せなかった。

 そんな気遣いが、私を、後で全て知ってしまった私を辛くさせた。



 一体私には何ができるのか、を問い続けて数十年。見つかったようで、見失ったようで、何も見つかってないのかもしれない。結局ヒーローを気取った戯言かもしれない。

 でも悪くない。夢見がちの偽善者も悪くないと、思い始めている。

 

「..だって、こんなにも私は嬉しがっているんだよ」


 そう、私は凄く嬉しい。

 やっと見つけた──光が優しくて──少女は泣きそうなぐらい綺麗で。


 空に浮く真っ暗闇に、あどけない少女はいる。


 もう見ていられなくて、可哀想で、私は手を伸ばす。そっと驚かせないように、少女を囲う扉にノックした。


 少女が静かに顔を上げる。

 少女の瞳が私を見つめる。瞳の奥に、素直に訴える憂いが見て取れた。薄い涙の膜が張っていた。


 心配しないで。さぁ、何も言わずについて来て。君を一人になんかさせたくないんだ。


 優しく、少女の耳元に語った。

 少女がこの手を取ってくれるまで、待つ。

 少女の瞳に私が映る。初めて瞳が、色を伴って映る。光りがある確かな、生きた瞳。


 その白色の手が、私の掌に預けられた。

 少女は泣いた。微笑みながら、泣いていた。


 救われた、と。少女は呟く。

 やっと救われた、と。少女はまた呟いた。


 あぁ同じだ。少女の言葉に頷く私。

 あまりに嬉しそうに少女が呟くものだから、私も救われた気持ちになる。とても傲慢かもしれないが、私たちは似ている。


 きっとこの出逢いは、お互いに惹かれ合った両想い。



 偶然も必然も混在する、いたずらっ子な世界の巡り合わせなのだろう。



 




 思うにそれは、星が降らない夜みたいな奇跡だった。


 



        《完》

 

 


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詩的な夜 那須茄子 @gggggggggg900

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