序章-1
再度の目覚めは、爽やかな感覚だった。
目を開け、最初に見えたのは大木だ。どうやら木陰に寝かされているらしい。
それから手の指を動かし、次に首を左右に振った。
それらが問題なくできることを確認して、ゆっくりと上半身を起こした。
そこは草木の広がる広い大地を見下ろす、小高い丘の上だった。樹枝の影の外は、朝の強い日差しだ。
確か、ルノアと呼ばれた人間がいたはずだが、視界の範囲にとらえることができない。
どうにか立ち上がったとき、少し離れた場所に、小さな布製の巾着があることに気づいた。
彼女の物だろうか。だとすれば、近くにいるはずだ。
周囲を改めて見回すと、後方には深い森、はるか前方には湖らしき水面が見え、さらに遠くには岩山の山脈が壁のように連なっている。
「素敵な景色だな」
そう思えたのは、短い時間だ。
この場所にいる理由はもちろん、自身が何者か、名前しか判明していないことを、改めて思い出したのだ。
最初に覚醒したとき、体に異常があったのは間違いなく、その結果、記憶が混乱した可能性はある――。
風景以外で、確認できそうなこと。
身にまとっているのは、飾り気はなかったが、軽く着心地のいい一枚着だ。作業服か、囚人服か、そんなところだろう。
あとは、親指の爪くらいの大きさの、赤く濁った石のついたペンダントを首からぶらさげていた。アクセサリーにしては簡素すぎるが――おそらく、あの混乱のときにかけられた物だと思う。
周囲に危険があるのかないのか――人は、未知の状態を少しでも早く解消したいと願う生き物らしい。
探究心が起き、調査のために、丘を下ってしばらく、周囲が雑木に囲まれた場所にたどり着いた。
リスが木の実を手にし、昆虫が花の間を自由に飛び回っている。楽園という単語を思い浮かべていたときだった。
背の高さほどの草が茂る場所が、ガサっと音を立てて揺れた。
もしかしてルノア?
いったいどんな風貌なのか、興味をもって見ていると、何かの腐敗臭がして、そこから一体の、人でない何かが姿を見せた。
二足歩行のようだが、金属質な表皮を含め、外見は完全に獣だ。眼球が鈍く光っていて、だが、黒目にあたる部分がなく、何より、一切の衣類を身に着けていない。
たいていの生命体は、身の危険を、誰に教えられなくとも本能で判断できる。
そして、今、対峙している生き物が、逃げるべき対象だと、五感が即断した。
体を真逆に反転し、走るために重心を低くする。全速力になるまで、きっと数秒程度。果たしてそれで逃げ切れる相手かどうか。
だが、それを確認することはできなかった。
最初の一歩を踏み出したとき、バランスを崩して前向きに倒れてしまったのだ。
まだ万全でなかった身体が、脳の緊急指令に反応できなかったらしい。
入念な準備運動をすべきだったと反省したが、どうやら、それを活かす機会は訪れないようだ。
すぐ背中に、雑音の混じった気味の悪い息づかいと、ひどい悪臭が迫っていたのだ。
倒れた状態で、首だけうしろに振り返る。
ほんの二メートルほど先にそれはいて、腕の筋肉が、人のそれよりはるかに発達していることがはっきり見てとれた。
爬虫類のような腕の先に三本の指が開いていて、さらにその先端には、太い幹の木でも、簡単に切り倒しそうな鋭い爪が光っている。
あれに襲われれば、絶命はまぬがれない。
そんな恐怖を感じる暇もなかったのは幸いだったのかどうか。
風圧を感じ、それが敵の跳躍によって生まれたものだとわかる。空中で相手の右腕が振り上げられた。
おそらくは、着地と同時に体が引き裂かれる。
反射で自衛しようとしたのだろう、無意識のうちに右腕を相手に向かって振り上げた、その瞬間だった。
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