塔をみて

 電車に揺られること約一時間。

 ビル群からひょっこりと顔を出す空はオレンジ色に染まり、カラスの鳴き声が耳に響く。

 自動車の排気音と絡まり合って映画のワンシーンみたいだ。


 そんな中やって来たのはとある塔。

 ここの展望台から夜景を眺めようという算段である。

 我ながら完璧なプランニングだ。

 良い雰囲気になること間違いなし。

 ネットの記事にもそう書いてあったし。


 小野川さんは改札を抜けてからずっと私の手を握っている。

 手を繋ぐというよりも握るという感じだ。

 掴んで離さない。

 お前を逃がさないという強い意思すら感じる。


 そういうことをしてくれると、あぁそんなに二人で夜景を見るのが楽しみなんだな、と計画したこちらも嬉々として、テンションが高くなり、頬が弛緩してしまう。


 ここまで喜んでくれると計画した甲斐があったというものだ。


 塔の下までひとまず歩く。

 すれ違うのはカップルだらけ。

 時間も時間だからか、家族連れはもうほとんどいない。

 右を見ても左を見てもカップル。

 外国人観光客もいるんだけど、基本的には日本人カップルだ。

 考えることは皆同じということらしい。

 安直な言葉を選ぶならエモい。

 エモさを求め、カップルが集まる。

 夜中の街灯に集う羽虫みたいなものかな。

 流石に違うか。そうだとしても例えに風情の欠片もなかったね。


 「あそこで夜景でも見ようかなって思うんだよね」


 私は高くに見える展望台スペースを指差す。

 小野川さんはこくこくと頷く。


 「そうでしょうね。ここまで来て登らないわけないわよね」


 この塔を外から見て終わりです。だなんてことはたしかにない。流石の洞察力だ。陽キャなだけあるなぁと感心する。

 空気を読むのに長けてる。流石だね。咄嗟に私はできないと思う。考えて、わかるわけないよねって諦めるだろう。


 「本当に登るのよね?」

 「登るつもりだけど」

 「そうよね。うん、そうよね」

 「小野川さん?」

 「なんでもないわよ。さぁ、行きましょう」


 おーっ、と一人で元気良く声を出し、ずかずかと進む。引っ張られるように私も着いてく。「なにその掛け声……」と困惑混じりの声を出しながら。はて、と首を傾げるが小野川さんは受け答えることはない。というかこちらに目線を向けることはない。彼女はずっと展望デッキの方へ目線が向いている。

 そんなに楽しみにしてくれてるんだ。あんなに怖気付いて提案する必要なかったなぁ。


 「絶対に夜景綺麗よね」

 「だろうね。絶景らしいよ」

 「絶景……ね」

 「そうそう絶景」


 チケットを購入し、エレベーターでぐんぐんと昇っていく。昇れば昇るほど、小野川さんの握力は強まってく。

 楽しすぎて握力の調節間違ってるんだね。そんなところも可愛いなぁと小野川さんの顔を見る。

 ちんと音が鳴るのと同時にエレベーターの扉は開かれた。

 開放的な空間が目の前には広がる。まさに非日常だ。ファンタジーの世界に足を踏み入れたかのような高揚感が私の心を支配する。普段生活している上では見ることのできない景色が目の前にある。


 「わぁぁぁぁ……すっごー」


 と、俗な反応しかできない。言葉を失うとはまさにこのことだ。語彙力が小学校低学年に戻ってしまう。でもすごいものはすごいわけで。詮無きことであると己に言い訳をする。

 夜景なんて、と馬鹿にした気持ちも正直心のどこかにはあった。けどこうして夜の街並みを見下ろすと悪くないと感じてしまう。私って単純な女だなぁ。

 小野川さんはぷるぷると震える。繋いだ手からその震えが伝わってくる。震えるほど嬉しいのかな。興奮してるのかな。私もある程度は感動したけどそんなじゃなかった。人の感性は多種多様だ。それをおかしいとか指摘するほど野暮な人間じゃない。

 感受性の豊かな人なんだな、と受け止める。これも個性。


 「どう? 実際に見てみて」


 私は小野川さんに問う。

 隣からは応答がない。正確にはなにか言ってるなというのはわかるんだけど、なにを言ってるのか具体的にはわからない。


 周囲の声に掻き消されてしまってる。


 小野川さんとて、そこまで声は小さくないはずだし、人混みでも比較的声は通るタイプなはず。実際にさっきカフェでも声は通っていた。これほどに密集して喧噪な雰囲気だったわけじゃないけど、似たようなものだと思う。だから急に声が通らなくなるのはおかしい。

 つまり意図的に、もしくは無意識のうちに声を小さくしてるということだ。もしくは体調が悪くなったか。まぁ後者はあまり考えられない。

 ふむふむ、なぜだろう。まぁ考えたってわからないか。もしかしたら感動し過ぎて声が出せないのかもしれない。私も言葉が出てこなかったし。

 似たようなもんかも。


 「ほら、小野川さん。もっとガラスの近くで見ようよ。東京の夜景一望できる機会なんてそうないよ」


 ぐいぐいと繋いだ手を引っ張る。

 けど、小野川さんは道草を食う飼い犬のようにその場から動かない。地べたに根っこでも生えたのかな。そのくらいビクともしないのだ。

 せっかくならもっと近くで見たい。ガラスに顔をぐっと近付けて、この夜景を二人っきりだけのものにしてみたいなぁと願う。


 「やっぱ無理なもんは無理だったわ」


 大きく息を吸ったと思えばその分をすぐに吐く。

 引き攣った笑みを私に見せて、脳みその細胞を殴るように破壊した。

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