03 あなたに花を -1-

 リゲルとオリヴィエの【画商】一行はトゥルペ中央から帝都行きとは逆方向に向かう鈍行列車に乗り換えた。


 で、次の駅――あの妙にさびれた駅「ネルケ」に降り立ったのだった。


 いや、何度見ても、見直してみても何もない。


 平原のど真ん中にある町、といった風情で住宅や商店などが集まっている地域が目視できるが、これといった観光スポットもなさそうだし、建築に特徴があるわけでもない。住民を前にあれこれ文句を言えることではないのだが、見どころを探すのが難しい土地だった。


 駅員もひとりきりで、それも呆けたように草原を駆け巡る風の列車を眺めている老人である。それにしてもすごい風だな。草の上を風が走るさまはまさに勢いよく列車が駆け抜けていくようである。


「あ、あのさ……じーちゃん、あのさあこのへんに立ってた女の子ってどこ行ったかわかる?」

「んあ? 女の子……おお、そこにおるではないか。別嬪さんじゃのう」


 駅員のじいさんはリゲルを見て、にやにやと唇を吊り上げた。あまり顔に感情が出にくいリゲルだがイラっとしたのはさすがにわかった。


「ぶは……そうなんですよ、美人でしょうこの子! 気が強そうなところがまたよくてっ、ぐはぁ⁉」


 思いっきり尻のあたりを蹴り上げられてオリヴィエはつんのめった。なにしやがんだこの別嬪さんが。


「ご老人、いいだろうか」

「おお……別嬪さんとなら幾らでも話していたいのう」

「――――――」


 お、堪えてる堪えてる。

 オリヴィエはオリヴィエで噴き出しそうになるのを必死で堪えていたのだった。


「このあたりに絵はないか」

「絵?」

「ああ……高名な画家が描いた絵だと思うんだが」

「おお、それならここに」


 えっちらおっちら歩く老人のあとをてくてくとついていく。階段を降りて左手に曲がると、改札を出ないで駅の待合室の中へと入った。

 馴れ馴れしく擦り寄って来る駅員に若干うんざりしているように見えるが心根は優しいはずなので邪険にしたりはしないだろう。青筋を立てているのはきっと目の錯覚のはずだしね。


 部屋に入ってすぐの正面に掛けられていたのは、大きな額縁に収められた青々と茂る大草原と近隣の小さな町を描いた絵だった。

 おそらくこの町の周辺――トゥルペ平原とこの町ネルケが題材となっているのだろう。油彩画の力強い筆致で荒々しく描かれた緑の海に溺れそうになる。


「あーこりゃ……間違いないな」

「そうだな」


 じつに無防備に展示されていたレオニス・ミレッティの風景画を前に、オリヴィエは担いでいた鞄をどさっと床に落とした。

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