10 泡沫乙女 -2-


「あーらら、あの子暴れちゃってるのね。無理にふたりを引き離そうとしたせいかしら」

「は、そうだこの子が俺の頭ぶん殴ったんだよね⁉ あと人魚の子を連れていっちゃったって……」


 リゲルを振り返れば、謎の(美)少女を食い入るように見つめている。


「ダリア、と言ったか。おまえはいったい……」


 ダリアはにっこりと微笑んだ。


「言ったでしょ、私はミュージアムの。妹たちを連れて帰るように館長に命じられてるってわけ。ねえ、あなた――そんなに泣いていたら涙で水嵩が増えてしまってよ?」


 ダリアは泣き続ける少女に向かって語り掛けると、泣き腫らした目をこちらに向けた。


「何がそんなに悲しいの? あの子がいなくなったから?」

『そうよ!』

「本当にそれだけ?」


 ダリアの問いかけに、少女はハッとしたような表情になる。


「あなたは側――私達にとって悲しいのは、誰にも顧みられないこと。賞賛の言葉、熱視線……何もかも人魚のあの子に奪われた。そうじゃない?」

『ち、違……』


 違わないわ、と強い口調でダリアは言った。


「あなたがいくら美しい声で歌っても、あの子の方が優れている、あの子の方が美しい。喉が潰れるまで歌ってもそんなふうに言われ続けて……あなたはずっと見つけられないままだった。こんなにも綺麗なのにね」

『っ、そんな……こと!』


 そのときダリアのすぐ隣に、ぼんやりと青い影が浮かんだ。地下道の壁画から抜け出てきた人魚だとオリヴィエでもわかった。


『ごめんね』

『っ』

『ごめんねおねえちゃん……』


 人魚は涙を流していた。ほろりほろりと零れた涙が真珠となって、足下にてんてん、と転がる。

 美しい、と思わずつぶやいてはっとする。そういった賞賛の言葉を、この裏側の少女は浴びることはなかったのだ。


「……この絵のことは市長に報告する。それにラヴェンデル帝国美術館にも協力を仰ごう――多くの者が、この美しい絵を最適の状態で見ることが出来るように」


 補修工事や、見るための設備導入、そのための資金集めにお偉方の説得、観光戦略――考えただけで目が回りそうな業務なんだが。


「リゲル、おま……そんな簡単に言いやがって」

「そういうの得意だろう――オリヴィエは」


 しれっと名前を呼んで、仕事を押し付けた。

 自分はかかわる気がないとでも言いたげだ。なんて勝手な奴なんだ、と呆れるが――まあこんなすげーものを見せてもらえたんなら、おつりがくる。


「わけないだろ! お前も仕事しろ!」


 ぎゃあぎゃあ騒いでいる間に、ダリアの姿は消えていた。そして――少女は壁画の中に戻り、静かに歌を紡いでいた。


 地下道側の絵から人魚の姿は消えたままだった。

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