08 囚われの画商たち -3-

「なんだったんだろうなー」


 学芸員と名乗る少女が、人魚を連れて行った。そんな証言がまかり通るはずがないのに、あっさりと市長はリゲルとオリヴィエを解放した。そして協力を頼んで来たのだった。

 連れ去られた人魚を絵に戻してくれ、と。


「ていうか俺殴った女の子、学芸員なの? えぇー、リゲルくんが最年少だと思ってたのに……もっと若かったんだよね? ていうか、うちの【画商】って女ひとりもいなくね? むさっくるしい男だらけの部署でさあ――その子が新人ちゃんなら大歓迎、おにーさんがそういう乱暴なやり方は駄目よ、って優しく教えてあげちゃう」


 リゲルが無言なので一方的にオリヴィエばかりが喋ってしまう。妙な居心地の悪さを感じながらぶらついていた。背後には市長が寄越した監視役の人間がいるから迂闊な行動はとれない。

 それにしてもその少女は何者なんだろう――そうつぶやきながらリゲルを見ると、ホルツの中心部からどんどん離れて人気のない浜辺に向かって歩き始めていた。


「ま、このままトンズラしちゃうのもアリかな――国際問題になっちゃうか? さあて、帝都までは海路で帰ろっか」

「絶対嫌だ……」


 話を聞いていないと思っていたのだが、よっぽど嫌なのか噤んでいた口を開いた。ていうかせめてどこへ向かっているのかぐらい言え。気に入っている革靴が砂浜の白砂に塗れてドロドロだ。

 うへえ、とこぼしながらリゲルについていくと浅瀬の中にもお構いなしに足を突っ込み始めたのでさすがに止めた。


「待て待て待て、磯遊びしてる場合かっ。あとこれ以上の無体は俺の流行最先端の高級紳士靴ちゃんに失礼……」

「うるさい。文句があるならそこで待っていろ」


 足元とざぶざぶ海の中に突進していったリゲルと見比べ、オリヴィエは「ええいくそが!」と叫んだ。

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