07 囚われの画商たち -2-
「ていうか、待ってれば絵に戻るんじゃないわけー?」
ごろりとうつぶせになって頬杖をついたオリヴィエは、隅っこでぶつぶつ何か言っているリゲルに尋ねた。まあなんかそういうこともあるのか、ぐらいの気持ちにはなってきている。
実際、絵から抜け出てきたと思われる少女を、俺も見てるんだもんなあ。否定しようがないっていうか。こと相手は天才芸術家レオニス・ミレッティだし――そんな不可思議なことが起きるだなんてロマンがあるじゃないか。
「……普通なら、そうだ」
「だったら」
身を乗り出したオリヴィエにリゲルは静かに首を横に振った。
「持っていかれた――いや、人魚を連れて行かれたんだ、あの女に」
あの女? どの女――と思ったところでズキズキする頭頂部を撫でているとぽこっと盛り上がった部分に指が触れた。
たんこぶである。
「ああっ、そうだ俺誰かに殴られたんだった!」
ぼこっと派手な音を立てて殴られ、昏倒して――そのとき聞こえた声は艶のある女の声音だった。
「あいつ誰なの⁉ あの女捕まえて突き出せば解決ってことじゃん!」
オリヴィエはがばっと起き上がってリゲルを見た。
オリヴィエはともかくリゲルは女の顔を見ているはずだ。はあ、と吐き出された重たいため息が牢屋に沈んだ。
「……それも僕たちが此処にいる状態ではどうにもならないだろう」
「ああーっ、そうだった! ねえ看守さーん、絵が損なわれたのは俺らのせいじゃないですぅ、真犯人捕まえてくださーい!」
がしゃんがしゃんと鉄格子を掴んでわめくオリヴィエはさながら動物園の野獣のようではあったがなりふり構っていられない。
うるさい、とやっぱり怒られたが近づいてきた看守に先ほどリゲルから聞いた話を必死に訴えた。
「は? 何言ってるんだおまえ」
「ですよねっ、そういう反応になりますよね! ほらリゲルおまえもなんとか言って!」
「なんとか」
「いまそういうボケは求めてないんだよ!」
ぎゃあぎゃあオリヴィエがほぼひとりで騒いでいたときだった。薄暗い廊下に複数人の靴音が響いた。
「何を騒いでおる」
「しっ、市長……! こんな場所までようお越しくださいました」
看守が勢いよく敬礼したのは、つい数時間前に顔を見たばかりのお偉いさんだった。ぎろりと牢の中で壁を背に座るリゲルと、檻にしがみついているオリヴィエを睨みつけた。
「この者たちが絵を台無しにした、ということだな?」
「は。通報を受け、壁画の前に警官が向かったところこの怪しい二人組が」
「怪しくなんてないぞ! 俺たちは帝国美術館の学芸員です! ね、市長さんならご存知でしょう⁉」
市長はオリヴィエのことは目にも留めず、奥で静かにこの騒動を見守っているリゲルに目を向けた。
「そこのおまえ、女を見たと言っていたが本当か」
「ああ――見た」
リゲルの言葉に市長の顔色が変わった。
「それはどんな女だ⁉ どこへ行った――あの娘は、人魚はどこへ!」
血相を変えた市長の姿に看守や、市長の付き人たちもぎょっとしたようすだった。いまにも不潔で埃っぽい牢屋の中に入りそうなほどに突入しそうなほどの剣幕である。
「……連れて行かれました」
「誰に!」
どうやら市長もあの絵が勝手に動き回るということを知っているようである。さすがは所有者。それになんだか思い入れがあるのかもしれない。市長の目には深い悲しみの色が滲んでいた。
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