第6話 天使の隠しモノ

 「ごめんね、急に……混乱しちゃって……」


 少ししゅんとした表情を浮かべている目の前の石原の様子は心なしかいつもと同じ雰囲気を感じた。

 これは衝撃の事実が発覚してから数分後の事だった。 

 でも混乱したというのは俺も同じである。なにせ身近、いやまさかクラスメイトが俺の推しそのものだったなんて誰が予想できたものか。否、出来ない。それこそ漫画の世界の話だ。

 でも、正直に口にしても余計に気まずくなるだけ。


 「いやそれは全然……」


 俺はありきたりな返事をした。


 「そう……」


 対する石原も同じように思えた。

 どうしよう、さっきまでとは違う意味で気まずい。

 彼女の正体を知ってしまった以上、俺は今まで通りに接することが難しい。一歩が遠く感じる。

 

 「なら……早速聞いてみるけど……」


 そんな状況で先に口を開いたのは石原だった。彼女は落ち着かない様子で少し冷えたマグカップを何度も持ち直していた。


 「天谷は、どうするつもり?」

 「え?」


 どう、とはどう言う事……?

 そう言われて頭をフル回転しようとしても上手に回らない。俺の頭はまだ正常に戻り切っていなかったらしい。


 「え?じゃないわよ。どうするつもりなのって言ってるの」 

 「どうって……」


 なんだよ?

 そう口に出かけた時、ようやく少し分かった様な気がした。

 それは多分、俺がここへ呼ばれた最初の理由であろう事。それは……

 

 「……この件の事は誰にも言いふらしたりはしないから。でいいのか?」


 これしかなかった。むしろこれしか思いつかなかったが正しい。


 「うーん、もう一声ほしいかな……?」

 「一声、とな?」


 俺の勘はだいたい合っていたらしい。が、彼女の納得のいく答えとまでとはいかなかったらしい。

 

 「いや、あの……うん、ごめん。別に天谷の事信用していないとかそう言うのじゃないの。確かにこれはメモ帳を落とした私の落ち度なんだけど、どうしても確固たる証拠がほしくて……」

 「証拠、ねえ……」

 

 そんなの俺に聞くなよ。説得でもして納得させればいいのか?

 てか今更なんだけど立場逆じゃね?普通こういうのって拾った側が言うものなんじゃないの?


 「……石原が納得する理由でも言えばいいのか?」

 「まあ……そうだね」

 

 そうだねとか言いやがったが、随分と無理難題を押し付けてきたもんだ。考える身にもなってほしい。

 でも、俺の中に既に答えは出ていた。


 「いやそもそも俺がバラす理由なんて無いし」

 「それはなんで?」

 「だってさ、考えてみろ?石原はこの件が公になれば少なくとも活動休止は免れないだろ?」

 「まあ……そうなるかもね……」

 「で、そうなるとウリナーである俺は日々の生きがいを失う事になる。これじゃあLOSEーLOSEだと思わないか?」

 「確かにそうかもしれないけどさぁ……」


 そう言う石原は渋い顔をしている。

 これがダメならどうしろと言うんだよ……

 ああ。もう面倒くさくなってきた。俺はもう考えたくない……

 ……別に俺が考える必要なくね?

 

 「もういっその事石原から何か提案してくんね?」

 「え!?私から!?」

 「だってその方が比較的楽なんじゃない?」


 要は石原が納得するのが第一なんだからそっちの方が良いに決まっている。

 最悪、無理難題を押し付けられても「いやールイスちゃんが俺にだけに頼んでくれるからなーしょうがないなー」みたいに信者理論で乗り切れる。

 ……つもりだ。


 「そ、そうよね。言い出しっぺは私だもんね?そっちの方が良いよね?」

 「俺はそう思うけどな」


 俺の口車にまんまと乗った石原は早速うんうんと唸り始めた。

 真剣に考えているようだが、良い案なんてそう簡単に出るとは思えない。気長に待つか。

 そう思っていたのだが……


 「閃いた!」

 「早っ!?」

 

 どうやらその必要は無かったらしい。

 石原は如何にも名案閃いたりって感じだ。これで期待しない方が失礼に値すると思う。


 「じゃあ早速なんだけどさ……」

 「おう」


 そう切り出した彼女の顔は至って普通に戻った。特段とぶっ飛んだ提案は無いだろうと思った。


 「天谷さ、うちの部に入ってくれない?」

 「……はい?」


 しかしまあ……見事に期待を裏切ってくれたもんだ。

 ぶ、部活?

 この人は何を言ってらっしゃるんでしょう?

 石原の発言に俺は理解が追い付けなく、ただ茫然としていることしか出来ない。


 「いやー少し考えてみたんだけどさ、うちの部、このままだと廃部になっちゃうんだよ。それでこの部を助けたらすごく助かるなーって思って」


 石原はそんな俺の様子などお構いなしに色々と語り始める始末だし。

 状況見えてるかー?俺は置いてけぼりだぞー?


 「どうしたの?もしや無理?」

 「いや、そうじゃなくてさ……」

 「じゃあなによ?」

 

 言いたいことが大盛りだ、特盛だ、主にスポーツ漫画に出てくる山盛りごはんだ。

 それでも俺は一つずつ解決していこう。 


 「まず石原さ、部活入っていたのか?」

 「そうだけど?てかここ部室だし……」

 「え?ここ部室だったの?」

 「じゃあ何だとおもってたのよ……?」

 「……不良のたまり場?」

 「まあ位置的にはそれっぽいけどね」

 

 納得すんな。少しは否定しろ、否定を。

 ま、まあいい。でもここが部室だったのは予想外だったが……

 

 「で、助けるって具体的には何をすれば?」


 そして次の疑問はこれだ。むしろここからが本題。

 この”助ける”の内容次第で事の難易度の全てが決まる。頼むから無理ゲーは来ないでくれ……

 

 「それは簡単よ。部として承諾される人数分の部員を集めて、それで終わり」

 「簡単そうに言うけどさあ……」


 これまた絶妙な難易度が来たもんだ。集める人数次第でどちらにでも転ぶぞコレ。


 「部員は今何人だ?」

 「在籍しているのは私含めて2人。必要なのはあと3人だから、ここに天谷も入ると仮定すれば必要なのはあと2人ってところね」

 「ほぼ部員いないじゃん!?よく今日まで存続できていたな!?」


 そりゃ俺が知る訳が無いわ、こんな消滅しかけている部活。


 「まあ、在籍していた先輩達がいなくなっちゃったからね。その場のノリで作られた部なんてどこもこんなものだよ」


 酷い言われようである。先輩たちに敬意とかは無いのだろうか?


 「てかそもそもの話なんだが……ここって何部なんだ?」 

 「あー、そう言えば知らなかったっけ……?」


 こくこくと頷く俺。

 石原は何故か少し戸惑っていたが、時間の経過とともにゆっくりと口を開いた。


 「ここは”クリエイティ部”って言うの。今は部員減っちゃったから……言うならば”クリエイティ同好会”?」

 

 ダ、ダッサー……

 これあれだろ、部の創設者が無駄にシャレオツな名前つけてみたんだけど後になって崩壊したパターンだ。


 「……天谷、言いたいことは分かるけど口には出さないでね?この名前つけた人、もう卒業しちゃってるから……」

 「あ、ああ、そう……」


 なんだか石原哀れに見えてきた。こんな意味の分からない部の存続させているのかは疑問だが、話は別。

 それにしてもなぜこうなる未来が予想できなかったのだろうか?先輩達は自分さえよければどうでも良かったのだろうか?

 てかなんで石原はこんな部活に加入しているんだよ?


 「どう?この条件で引き受けてくれる?」

 

 でもまあ石原の言いたいことは分かったし、俺の知りたい情報はそこそこ集まった。

 つまり、誠意は言葉ではなく行動って事か。

 だが……


 「いや?俺はあくまでもその助ける内容を聞いただぞ?」

 「へぇー……ふーん……」


 意味深な返事の石原。

 確かにここまで言わせといて断るなんて人間の屑がコノヤロウって感じだと思う。だがこれには勿論理由がある。

 

 「悪いな。俺は家に帰ってやることがたくさんあるんだ。部活動などをしている時間なんて無い」

 「そう……」

 

 やること。

 そう、”推し活”だ。むしろそれ以外に何がある?


 「まあ、私もあまり無理強いはしないわ。他人である以上の時間、融通が利かないのは知っている。それに、もしダメだとしても新しい案でも考えればいいだけの話だし」


 あれ?食い下がったな……この反応は予想外だ。

 石原の事だから無理にでも意見を言い通すと思っていたのに……


 「でも、一つだけ教えてあげる」


 と、思っていたがやはりタダで食い下がる訳でもないらしい。石原は余裕そうな表情を浮かべていた。きっと勝機があるのだろう。

 だが残念だな。いくら魅力的な案とて、この俺の意見を曲げることはできまい!

 

 「この部室、実は普通にWi-Fi完備なのよ」

 「よし来た入部届を出せ」

 「手のひら返し早っ!?」


 これは某掲示板の人達もびっくりの早さだったろう。自分でもビックリだ。


 「勘違いするなよ?俺はただ下校時間を無視して押し活の幅が広がr……」

 「はいはい。男のツンデレなんかに価値はないよ~。はい入部届」


 コイツめ……俺の事なんだと思ってるんだ……。あとツンデレじゃねえし。

 それに何でそんな早くに用意出来るんだよ。まるで最初から準備されてたみたいじゃん……

 ……まあいいか。

 俺はその入部届に殴り書きで自分の名前とクラスをかいた。


 「ほいよ」

 「字が汚いわね……」

 「だまらっしゃい」

 「まあでも……うん、OK」


 入部届をじっくりと見た石原はそれを手に握りしめて、こちらへと向き直った。


 「じゃあ早速……って思ったんだけど、こうゆう時ってあのセリフを言いたくなるよね?」

 「ん?あー……そゆこと?」


 なんか部活動モノの漫画とかにありそうな、あのベタみたいなセリフ?


 「俺は構わないけど……言いたいならどうぞご自由に」

 「よっしゃ。じゃあ……コホン」


 石原はわざとらしく咳ばらいをした後、こちらを正面に見据えてゆっくりと口を開いた。


 「ようこそ。クリエイティ部へ」

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