第7話 今日から俺は

 翌日。

 学校中に鐘が鳴り響いている。これは放課後を知らせる鐘だ。


 (……よし)


 俺はさっと帰り支度を済ませ、立ち上がった。

 昨日までの俺ならばそのまま帰路へと向かっていただろう。だが今日からは違う。俺には放課後に行くべき場所が増えた。

 そう、俺も部に所属している身になったのだ。

 ……まあ理由が他人に言えないような事情だけども。てか言えない。

 でもこれも愛しのルイスちゃんの今後の活動が掛かっているんだ。一切の妥協をするつもりは無い。

 

 「よーし和也。今日こそ都合はどうだ?」


 そう意気込んでいるとそんな事を知らない赤松が昨日と同じテンションで俺を誘いに来た。

 今後はこいつの誘いはほぼ断る羽目になるだろうな。今のうちに謝っとくか。

 

 「すまんな赤松。実は俺……」


 そう事情を説明しようとした時


 「あーまやっ!」

 「ほへぁ!?」


 後ろからご機嫌そうな声と共に脇腹を突かれた。思わず変な声が出たし、体が一瞬宙に浮きそうにもなった。


 「あははっ、なにその反応。そんなに驚くことないじゃん」


 振り向いてみるとそこには満面の笑みを浮かべた石原がいた。さっきの感触は位置的におそらく肘か……


 「体に何か当たったら誰でも驚くだろ……」

 

 心臓に悪い。絶対に寿命が何日分か縮んだ。

 でも、こんな事も悪くないと思う自分もいた。我ながらキモイ。


 「え?な、なんかお前ら、前より距離近くね?」


 それらの会話を傍から見ていた赤松は目を丸くして、分かりやすく驚きの表情を見せていた。


 「さあ?気のs」

 「いやーごめんね赤松?天谷はもう私のものだから」

 「「「え!?」」」


 石原のいたずらっぽい表情で放ったその発言に対する驚きの声は赤松だけではなく教室全体からも聞こえた。そして一気に視線がこちらに向く。

 

 「おい石原、言い方を考えろ。誤解される」

 「誤解……?何言ってるの?事実じゃん」


 まあ確かに間違ってはいないかもしれないし、嘘ではないけどさあ……


 「うん?じゃあ他に何があるって言うのよ~?」

 

 俺が言葉に迷っているとうりうりと肘で突かれた。

 うん、これは変だわ。以前までは俺をからかうような事を言っていたが、ここまでのスキンシップは無かったはず。多分。


 「……ああもういい。それでいいわ、面倒くさい」

 「まあまあ、そんな照れなくてもいいのに~」

 「照れてねえ!」


 最後の言葉は少し素が出てしまった。石原がそんなんだからこっちまでも調子が狂ってしまう。

 でもまあ、人前でこんな事していたら……


 「おい和也!これはどういう事だ!俺に、俺達に教えてくれ!」


 そうなるよね。

 気が付いたら赤松だけじゃなく、クラスの男子達がぞろぞろと集まってきた。しかもどいつもこいつも目が血走っている。


 「教えるも何もないじゃん。ね、天谷?」

 「……」

 「なんで黙ってるんだよ!?無は承諾って言葉知ってるか!?なあ和也!?」


 これ……もしかすると放置した方が面倒くさいやつ?

 仕方がない。あらぬ誤解をされる前に事情を説明してやるしかないか。


 「あn」

 「さあほら、赤松なんてほっておいてさっさと行くよ~」

 「ちょ、ちょっと待てよ!?俺さっき言いかけたじゃん!?ああもう押すな押すな!もう分かったから!すまん赤松!次の機会で必ず話すから!」


 俺は最後にそうとだけ言い残して教室から排除された。


 「いいなあ、天谷の奴……」


 




 「絶対わざとだろ、お前?」

 「んー?何の事かな~?」

 「しらばっくれるな。さっきの発言だよ。明らかに意味深じゃねえか」


 教室から出て部室に向かう際中、俺は思わず言いたいことを吐いてしまった。

 だってさ、年頃の男女が「この人私のなんですぅー」なんて言ったら完全にアレに決まっている。これを受け取る側も年頃だし尚更だ。


 「でも嘘じゃないじゃん」

 「だからそうじゃねえって言ってんだろ!さっきの教室の連中を見てたのか?完全に俺達をカップルとして見ていたぞ?」


 別に誰かがそう言及したわけじゃない。

 ただあいつらのあの目は”嫉妬”だ。それが分かれば十分だ。なにせ石原、容姿が良いからな。


 「私は別に構わないけど?」

 「……へ?」


 その発言を聞いた時、俺の中の時間が止まった。

 え……?じゃあ、つまり……


 「さ、部室に着いたよ~」

 「おいちょっと待てよ」


 さっきの自分の発言が無かったかのように俺の言葉などに耳を傾けないでに鍵を開ける石原。そして部室のドアを開けた。

 

 「ぅぅんー……?」


 昨日と同じ場所、同じ時間帯。それなのにこの場所には俺の見知らぬ女性がソファーで寝っ転がりなまめかしい声を上げていた。

 だ、誰かいる……?

 不審に思い、入り口付近で立ち止まった俺に対して石原はと言うと……


 「かなえ先輩!?」


 驚愕の声を上げつつソファーの元へと向かっていく。

 ……もしかして知り合い?


 「おはよう……天ちゃん……」


 明らかに寝起きみたいなふにゃふにゃな声が聞こえてくる。

 

 「おはようじゃないですよ!この時間にいるって事は、まさかまた授業さぼってたんですか!?」


 石原はまるで保護者の様な接し方でその人と話している。

 またってさぼったって事は常習犯だよな……

 もしかして、あの人不良なの?

 俺は昨日、ここは不良のたまり場と言った気がするがまさか冗談ではなかったのか……?


 「……?なんで授業なんか受けなくちゃいけないの……?ダメなの……?」

 「ダメに決まってるじゃないですか!普通にアウトですよ!」

 「大丈夫……まだワンアウト……」

 「普通にゲームセットです!あとソファーで寝っ転がらないでくださいって何度も言ってますよね?」

 「だって……寝心地いんだもん……」

 「いいんだもんじゃないですよ!」


 ……俺は何を見せられているんだろう?

 ここからじゃ様子はよく見えないが、あの人が物凄くぐうたらな人だという事だけは分かった。


 「もう……しょうがないなあ、天ちゃんは……」


 その声と同時にソファーから人が生えてきた。

 あ、目が合っちゃった。


 「……?そこに立っているあなたは誰……?」

 「お、俺ですか?」

 「そう、そこのあなた……」


 先輩だと思われる人は何やら不審そうな目で俺を見てくる。

 さっきまで寝ていたせいか髪は若干ボサついているが、綺麗な顔立ちというのは一目でわかった。


 「彼は新入部員ですよ。私がスカウトしました」


 すぐに返答できなかった俺の代わりに石原が説明してくれた。面目ない。

 てかスカウトじゃないだろ。どちらかと言うと脅しだろ。


 「そう……新入りさんなのね……」


 そう言うと謎の先輩は立ち上がり、こちらに近づいて来た……てかデカっ!?なんかいろいろとでっけえなこの人!? 


 「私、石井 いしい かなえ。三年生、一応部長よ……」

 「あ、天谷和也です」

 「天谷クンね……頑張って覚えるわ……」

 

 おいおい大丈夫かよこの先輩。気迫といったものが一切感じられないぞ。

 にしてもでけえな。ほんとでけえな。

 身長は男子平均よりちょっと下の俺よりもデカくてまずそこに驚かられる。そして何よりも……


 「……?そんなに私の事見てどうしたの……何か付いてる……?」

 「いえ……随分と大層なものをお持ちで……」

 「……?」


 うん、すごい。ボンキュッボンとはこういう人の事を指すのか。俺は感激した。

 それに比べて……

 

 「……フッ」

 「何笑ってんのよ?」


 いつも後ろの席からちょっかいを掛けてくる人と見比べればそれがよーく分かる。胸部装甲の格差社会だ。

 そんな彼女は今、ジト目なんてしちゃって目に見えて怒っているけど。


 「いや、なんでもない」

 「目線がとある場所で止まってるんだけど?普通にセクハラよ?」

 「気のせいだよ」

 「そんなわけないで……しょ!」

 「もごっ!?」


 石原がそう言うのと同時に投げつけられた小さめのクッションが俺の顔面に直撃した。

 まあ痛くなかったけど。


 「フフフ……お二人さん、随分と仲が良さそうね……もしかしてあなた、天ちゃんの彼氏さんだったりするの……?」

 「「違います」」


 答えが見事にシンクロした瞬間である。


 「息ぴったりじゃない。これを機にいっその事付き合っちゃえば……?」

 「「付き合いません」」

 「ほらーそうゆうとことか……」


 そう言った先輩は頬を膨らませてとても不満げだった。

 にしてもこの先輩、色々とぶっこんで来る人だな。天然って事でいいのかな?


 「かなえ先輩?天谷は絶対にありえないですよ!」


 石原はまだ怒っていた。てかそこまで全力で否定しなくてもいいじゃん。俺、普通に悲しいよ。

 ……あれ?じゃあ廊下で言ってた事は嘘なの?


 「それに天谷ですよ?あの二次元四天王の天谷ですよ?」

 「ちょっと待て!?なんか聞いたことない単語が出てきたんですけど!?」


 何だよ”二次元四天王”って。

 なんか強そう!すっげえ興味が出てきた!


 「それで天ちゃん、なんで今日はここに呼んだの……?」

 「ああそうでした」

 「ちょっと?」


 しかし、今の彼女には俺の言う事に聞く耳は持っていないみたいだ。本日二度目の無視を決め込まれた。


 「じゃあ先輩もいることだし、始めちゃおうか」

 「え?俺の質問は?」


 石原は部室の隅にあったホワイトボードまで移動して、なにやら文字を書き始めた。

 そして書き終えるとこちら方へとへ振り返ってその文字を持っていたペンで指した。


 「新クリエイティ同好会(仮)、第一回作戦会議よ!」

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