第5話 同志?

 「さ、入って」


 石原の後を歩いて数分。俺は部室棟の奥深くにある謎の教室へと連れてこられた。

 

 「……お邪魔します」


 多分メモ帳の事は口外するなって事だとは思うけど、断言はできないから俺は警戒心をマックスにしてその教室へと入った。

 そして内装をぱっと見て思ったんだが……


(なんか、部室って感じがしないな……)


 気持ち広めの教室に少しデカめのソファー、全体的にシックなイメージの机に椅子とそれらと少し離れた位置にあるPC。

 ……なにかの事務所?そういった雰囲気を感じ取れる。

 てかそもそもの話、この学校にそんな部活なんてあったっけ?俺の乏しすぎる記憶力だと無いはずなんだが……

 うーん、参考にならない。

 でもここはなんのための場所なんだ?

 そう考え始めてしまうと思っても居られなくなった。

 

 「なあ石原、ここって……」 

 「まあまあ天谷?とりあえずそこ座って」

 

 その疑問を聞こうとしたが、そんな俺を無理やり遮るかのように石原はそう言いソファーに案内された。


 「え?」


 言い返そうもどう言えば良いのか咄嗟に出てこなかったので大人しくソファーに座ることにした。我ながら押しに弱い。

 そして石原はと言うと、彼女は部屋の隅に移動して


 「コーヒーでいい?」


 そう言ってどこからともなくポッドを取り出した。

 

 「あ、ああ……」


 俺がそう返事をすると慣れた手つきでコーヒーを入れ始めた。

 この状況、いろいろとツッコミを入れたい気持ちがあったがさすがに場違いすぎる。俺はその後ろ姿をただただ眺めていた。


 「はい、どーぞ」

 「……どうも」


 そして湯気を立たせたマグカップが俺の目の前に丁寧に置かれた。ここは気持ちを落ち着かせるために一口……

 ……味分かんねえ。

 いや、普段は分かるんだよ?でもこんな状況で落ち着けってのが無理な話だった。むしろ自分が極度の緊張状態だってのがわかってしまったぐらいだ。嫌になるね。

 そんな俺に対して、石原は先程までと違ってえらく落ち着いているようだった。が、特に何かを言い出す素振りも見えない。

 何かを喋りだそうにも、自分から切り出せる度胸もなく、言おうとしてはまた止めて、そんな事の繰り返し。

 こうしてしばらく無言の状態が続いていたが、煮えを切らしたのか石原はわざとらしくマグカップを置く音を立てた。


 「じゃあまずは少しだけ話を整理しようか?」


 そしてこの話題に切り込んできた。

 

 「あ、ああ……」

 「早速だけど……天谷はコレをどこまで見たの?」


 そう言って例のメモ帳を見せびらかす。

 

 「今月のスケジュール。その一ページ分だけだ」

 「あー……よりにもよってそこかぁ……」


 そう言いながらメモ帳をめくる石原。

 よりにもよって、だってさ。

 その言葉は彼女が今まで何かを隠していたのかを証明するのに十分だ。


 「……本当にそこだけ?」

 「嘘ついてもしょうがないだろ?」

 「まあそうね……」


 石原の何かを見通すような瞳がひたすらに突きささっている。

 き、気まずすぎる……


 「あ、そうだ。天谷さ、持っているのが同じみたいな事言ってなかった?」

 「うん?ああ、言ってたな」

 「見せてもらえたりできる?」

 「別に構わないけど……」


 カバンを探り、メモ帳を取り出す。


 「ほら、同じだろ?」


 そしてそれを見せびらかした。

 それを見た石原は目を丸くしていた。


 「へぇーすごい……これ持ってる人、生で見るの初めてかも……」

 「奇遇だな。俺も同意見だ」


 厳密に言えば、普段使いしている人は初めて見たが正しい。持っている人自体はイベント事で見たことあるけどね。


 「それにしても、意外だったな」

 「え?」

 「まさか石原もウリナーだったとはな……」


 ウリナーとは瓜江ルイスのファンネームの事だ。名称が安直とか言わないお約束。


 「あ、あはは……まーね……」


 頬をかき、何故か少し引きつった笑みを浮かべている石原。気恥ずかしいのだろうか?

 それにしても、どういった経緯で見るからに陽キャな彼女がVtuberを知り、その中で瓜江ルイスと出会ったのかが非常に気になる。

 でも、それはおいおいで良い気がした。なぜなら、今の俺にはそれ以上に聞きたいことがある。


 「なあ石原」

 「なにー?」

 

 理由は不明だが石原は少し上機嫌だった。


 「勝手に中身を見たのは謝る。ごめん。だけど一つ聞きたいことがあってだな……」

 「なになに?いいよ別にそんなかしこまらなくても」

 「……わかった」


 そうは答えたものの、俺は何度も深呼吸をしてから口を開けた。


 「今日の予定にあった”記念配信”って……なんだ?」


 そう言った時、彼女の顔はニコニコしていた。が、次第にその表情は変化していき、ただ目をぱちくりとしているだけになった。

 そしてしばらく間が開いた後に出てきたのは


 「……え゛!?」


 少し濁った返事だった。


 「知らなかったの?朝にちゃんと告知が出ていたよ?」


 朝に……?告知……?

 彼女は何を言っているのだろう。


 「え?ルイスちゃんのZのアカウント、放課後に確認してみてもまだ何も呟いていなかったはず……?」


 あ、あれ?おかしいな。同じ話題のはずなのに会話がかみ合わない。


 「……ちょ、ちょっとまってて!?」


 そう言って石原はスマホを取り出してなにやら操作をし始めた。


 「いやまさかよ……だって朝に……」


 そしてぶつぶつ呟きながら操作している。

 その態度を見せられると俺も不安になってしまい、ZとWeTubeコミュニティで確認をしてみたがやはりどちらとも今日の配信告知は無い。

 

 (ど、どういう事なんだ……?)


 困惑に陥ってしまい、事の発端の石原に目をやると彼女の手は止まっていた。

 こっそりと顔を覗き込んでみると、彼女の表情は絶望に満ちていた。


 「告知の呟き……忘れるなんて。そんな初歩的なミスをするなんて……」


 小さくか細い石原の声が僅かに聞こえてくる。

 ……告知を忘れる?ミスをする?

 何を言っているんだ?その言い方だとまるで当事者みたいじゃないか。


 「もう最悪……寝坊はする、浮かれ気分で遅刻しかけるわメモ帳も落とす。そして次に待っていたのは告知はし忘れ……折角の記念日が台無しよ……」


 ほお、お次は記念日と来たか。

 うん、おかしい。何かがおかしい。

 何がと言われれば全部答えることは出来ないかもしれないが、一つだけ、言い切れることがある。

 それを、確かめないと……


 「い、石原、ちょっと聞きたいことが……」

 「……えぇ?」


 俺の声を聞いた石原は絶望じみた表情から不思議そうな表情に変わり、そしてまた絶望に戻り始めた。


 「え?も、もしかして……さっきの、聞こえてた……?」

 「す、すまん……結構がっつりと……」

 「嘘でしょ……」

 

 その表情、まさか本当に……


 「……なあ石原」

 「まって!違うから!」

 「もしかするとだぞ?多分、いや絶対にありえないかもしれないけど、さっきの発言からだともしかすると……」

 「話聞いてる!?」


 ありえない。俺も絶対にありえないと思っていた。

 でも、あんな発言聞いて、こんな態度見て、ここまで来たらもう聞いてみるしかないじゃないか。

 だから、俺はありったけの勇気を込めて


 「石原。お前、瓜江ルイス本人……なのか……?」


 生涯言う事のないはずの発言をした。

 彼女の言っていることが正しければそうだとしか言いようがない。そうじゃないと発言の辻褄が合わない。 

 そして今までの態度、嘘を言っているようにも到底思えない。

 だから俺はそう彼女に聞かざるを得なかった。

 こんな衝撃的な発言をしてしまった俺に対して石原はと言うと……

 ……う、動か、ない?

 石原は俺の方を見て、目を見開いたまま固まっている。


 「お、おーい。戻ってこーい」


 ためしに目の前で手を振ってみても何も反応が返ってこない。ただの案山子だ。

 そしてしばらくすると……


 「……ソヨ」

 「……すまん、なんて?」


 声小っさ!?なんも聞き取れん!?


 「だ、だから」


 石原は俺の目を見て、そして大きく息を吸い込んで


 「そうだって言ってるでしょーー!!」


 その発言は耳に、そして頭に物凄く響き忘れることのない程の強烈なインパクトを残した。

 不意に彼女の持っているスマホをチラ見すると、アイコンとアカウント名、何よりもその画面はプロフィール画面は瓜江ルイスのものだった。

 信じられない。まさかこんな身近に推しそのものが居ただなんて……

 ま、全くと言っていい程心の整理が追い付かない……

 でも、一つだけ言いたいことがある。でもこれは彼女に対して言ってはいけない気がしたので心の中でそっと吐き出した。


 (こいつに天使要素なんて、無くね?)

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