第4話 落とし物の持ち主は……

 「和也。今日どっか寄っていかねえか?」


 トイレ前であった一件から数時間、俺の頭の中はあのメモ帳の事でいっぱいになっていた。

 

 「……その会話、今必要なのか?」


 そのせいか、赤松に対しての反応が少し遅れた。


 「は?何言ってんだ?必要に決まってるだろ。放課後なんだぞ?」

 「放課後……?」

 

 その単語を耳にして、俺は教室内を見回してみたがそこには担任の姿は無く、荷物を持ち教室から去っていく人達が複数見えた。

 どうやら赤松の言っている事は本当らしい。


 「和也、お前まさか気づいていなかったのか?」

 「……そのまさかだ」

 「嘘だろ……お前」


 赤松は驚きを隠しきれないといった表情だった。

 それもそのはず、俺は放課後になった瞬間には教室から姿を消す人間。それがこのありざまだ。自分でも驚いている。


 「まあいい。それで、どうすんだ?」

 「ああ……今日なあ……」


 分かった。でもどこかってどこだよ?

 予定も無く、暇な俺ならそう言っていたし、実際に予定とか最初は無かったんだけど……

 

 「すまん。今日は急に用事が出来たんだ……」


 ただ、今の俺には一つだけやることがある。いや、今日になって急に増えた。

 なので赤松の誘いは断ることにした。


 「そうか。じゃあしょうがないな」


 それでも彼は嫌な顔一つもしなかった。こういった事に関しては寛容なのが赤松の数少ない良いところだ。

 ……赤松が自分自身に対してそうなだけなのかもしれないけど。


 「また今度な!」

 「ああ……またな」


 赤松はそう言うと颯爽と教室から去っていった。

 てか知らない間に石原も居なくなっている。あいつも忙しいのかな……?

 まあ、これで他人からのお誘いが来ることはほぼ無いだろう。


 「……行くか」


 そう呟いて俺はとある場所を目指して席から立ち上がった。

 と言っても答えは簡単だ。その場所とはトイレだ。

 ……いや違う。正確にはトイレ前だ。

 つまりあれだ。このメモ帳の持ち主を俺が直接に探そうって魂胆だ。

 普通に学校に届ければ楽なのでは?と思いもしたが、この経緯に至った大きな理由がある。

 それは単純に、俺がこのメモ帳の持ち主に会ってみたいと言うただの私欲にまみれた理由だ。

 俺がこのスケジュール帳を見た感じだと、このメモ帳の持ち主は二つにしか絞れない。

 それは俺と同じ”ただのVtuberのリスナー”か”Vtuber本人”か。

 まあ、どう考えても後者の可能性はどう考えても有り得ないけどね。

 だから俺としては、ただ同じ推しについてリアルで語り合ってみたいだけだ。

 学校内に落ちていたのだからこの学校の関係者であることには間違いないし、それだけ身近に同志がいるのはアクティブユーザーが少ないこの界隈では話せる機会はそうそうない。そういった欲も多少はあるはずだ。実際俺がそうなのだから。

 ただ、一つだけ懸念点があるとするならば……


 (持ち主が落としたことに気付いてたらいいなあ……)


 まあそうなんだよね。

 俺がこの場所を選んだのは、どこで落としたのかを手当たり次第で探す。という行動をとった場合のみを想定している。

 もし来なかったらどうするんだ?時間を無駄にするだけなのではないか?そう思いもした。

 それでも俺がこの行動をとった理由は身近に同志がいるかもしれないという確認。そんな些細な事だが、それに価値があると判断した。

 

 (よし、それじゃあ待機だ)


 トイレ前に着いた俺は、まるで誰かを待っているかのような雰囲気を醸し出しながら近くの椅子に座り、スマホに適当なニュース記事を表示しつつ辺りをうっすらと見える程度に移して待機し始めた。

 まあ、そんな簡単に現れることは無いだろう。気長に行こうじゃないか。

 そう思ったのもつかの間、俺は早速挙動不審な奴を発見した。

 あまりにもご都合展開すぎじゃね?と思っていたが、俺はその正体が分かった瞬間にとんでもない衝撃が走った。


 (あれは……石原!?)

 

 地面とかちょっとした隙間を凝視しているような目つきをして、うろうろとしているのが明らかに怪しい。いや本当に。

 でも、まさか石原が……?

 いやまだそう決まったわけじゃない。たまたまこのメモ用の持ち主と同じで、落とし物でも探していてたまたまここの場所にいるだけだ。

 一応、一応ね?うん、一応声を掛けてみるか。

 俺は大きな足音を立てて彼女に近づいた。


 「よう石原。どうしたんだ?」

 「え!?あ、天谷!?」


 その反応は予想以上に驚いていて、逆にこっちまでビックリするほどの反応だった。

 まるでこっちの気配に気が付いていないみたいだった。どんだけ余裕が無かったんだろう?


 「な、なんでここに……?」

 「いやなんでって言われても……個室トイレが開いてなくて待ってたんだよ」

 「ふ、ふーん……そう言う割には余裕に見えるけど?」

 「……キノセイダヨ」


 やべえ、早速嘘がバレかけている。さすがにこの言い訳は無理があったか?

 無理やりだが話を逸らそう。


 「そう言う石原もどうしたんだよ?なんだかやけに挙動不審だったぞ?」

 「そ、それは……」


 そう言うとなんかもごもごと俺には聞こえないような声が聞こえてくる。きっと話しづらいんだろう。

 手っ取り早く終わらせたいし、単刀直入に言ってみるか。


 「例えば……落とし物でもしたのか?」

 「!?」


 そのハッとした表情、まさに図星って感じだった。


 「よ、よく分かったわね……その通りよ」


 そして彼女の口から出てきた答えは俺の予想通りのものだった。分かりやすくて助かる。

 でも、なんか変だな……

 いつもだったらすぐに『どうせ暇でしょ?手伝ってよー』とか言ってくる癖にそのようなセリフは一切聞こえてこないし、顔も少し張りつめていて深刻そうに見えた。


 「……探してやろっか?」


 俺は考えるよりも先にそう口にしていた。何と言うか、らしくない行動だったと自分で思う。


 「い、いいよ別に。そんな大したものじゃないからさ……」

 「その割には深刻そうな顔してたぞ?大切な物とかだったりするんじゃないのか?」

 「そ、それは……」


 落ち着きのない、くねくねとした指の動きをしている石原。

 他人に言いたくないのかな?そんな雰囲気が醸し出されている。


 「……ごめん。さっきの発言は嘘。結構大切な物」


 そして絞るよう出された言葉は、いつも余裕にあふれている人からは出されたとは思えないほどに弱々しかった。

 その言葉は、俺の不安を募らすには十分すぎるセリフだった。


 「そうか……」


 俺も少しつられて声が小さくなった。

 うん、予定変更だ。

 俺のこの欲求は不満に終わってしまうが、友のピンチなこの状況。ほっておく事が出来る程、俺は心のない人間ではない。

 でも、一つだけ確認したいことがある。


 「……その大切な物って、まさか”コレ”だったりするか?」

 

 そう言って俺はバッグの上に置いてあったメモ帳を見せてみた。

 偶然にも俺は所有者不明の落とし物を持っている。

 可能性は限りなくゼロに近いが、言うだけ言ってさっさと彼女の手助けにでも回ろう。

 そう思っていたのだが……

 

 「……え?」


 石原の少し間抜けな声が僅かに聞こえた。

 そしてしばらくの間、そのメモ帳をじっと見つめてから


 「ぇぇぇぇええええ!?!?!?!」

 

 今までに聞いたことのない程の大きな声が廊下に響いた。

 え!?な、なになに!?どういうこっちゃ!?


 「な、なんでそれを天谷が……?」


 石原は俺の手に持ったメモ帳を震えながら指さしている。


 「い、いや?お。おおお俺も拾ったのはさ、さっきだし?そそそれに?お、俺のと見た目がお、おな、同じ?だったから?自分のものものだと思って……?」


 石原のあまりにも豹変ぶりに、俺は状況が一切飲み込めず言葉が思い通りに出て来てくれない。今までにかつてない程のキョドリっぷりを彼女にさらしてしまった。


 「ま、まさか……これ、石原の……もの……?」


 俺の右手にあるメモ帳をルイスちゃんの姿がしっかりと見えるようにしてそう尋ねた。

 そ、そんな……まさか……

 

 「う、うん……」


 彼女から出てきたのは肯定だった。

 マ、マジかよ……

 俺、この世界の事もう信用できないかも……


 「じ、じゃあ……はい……」


 あまりの展開に驚きつつも、なんとか冷静を取り戻しながらそう言ってメモ帳を渡した。

 そして石原はそれを抱きかかえるように受け取った。

 

 「見つかって良かったあ……」


 恐らく無意識だろう、その目尻には涙が見えそうな程の安堵に満ちた声を出していた。


 「よ、良かったな……」


 次からは気をつけろよ。

 そう言おうとした時、石原は突然にその表情を一変させた。

 そして……


 「中身、見た?」


 先程とは打って変わって、少し低いトーンの声が俺の耳に聞こえてきた。

 ……

 …………

 ………………


 「え……?」


 その声を聞いた俺は反応が遅れてしまった。

 だって今の石原、なんか……こう……怖い。


 「だから、中身見た?」


 そう言ってきた石原の言葉には、明らかに圧があった。 目つきもかなり鋭くなっている。

 おそらく、何かを警戒している。


 「すまん。確認の為に少しだけ……」


 正直、めちゃくちゃ嘘がつきたくてしょうがなかった。

 だってこれ、絶対に変なことが起きる予兆じゃん。

 でもその放たれているオーラ的なものに飲み込まれそうになった俺は反射的にそう答えてしまた。


 「そう……」


 そう言った石原の表情は読めなかった。

 そして、彼女は意を決したように俺を見つめた。


 「じゃあ……」


 石原はメモ帳の表紙を隠すかのように持ち直し、満面の笑みを浮かべて聞こえてきたのは……


 「天谷。この後、暇でしょ?」


 そんな言葉だった。 

 こんなに恐怖を感じる笑顔を見たのは生まれて初めてだ……

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