第3話 メモ帳

 「あ、危なかった……」


 朝のHR、そして長かった始業式を終えた俺は、速攻でトイレに駆け込んでいた。まさかあいつらと話すのに夢中で自分の膀胱管理を怠るとは……我ながら哀れすぎる……

 危うく学校で漏らすところだった。何が穏やかな朝だよクソッタレ……

 俺の膀胱が弱すぎるのも問題だが、やっぱ始業式ってクソだわ。特に校長の話とか長すぎるわ。どこにそんな話すネタがあるのか本当に不思議でしょうがない。

 あー……なんで初日からこんな目に……


 「あ、あのー……」

 

 心の中で愚痴をこぼしながら歩いていると、突然後ろから男子生徒の声が聞こえてきた。

 しかし、この空間に彼の声に反応する者はいなかった。

 不思議に思い辺りを見回してみるとその場には俺とその人しかいなかった。


 「……もしかして、俺?」

 「え?あ、はい……」


 ぱっと見た感じ同級生であろう彼は後ろに手を回した状態で、少しオドオドした様子で立っていた。

 知らない人から声を掛けられるなんて珍しい事もあるもんだな。でも声を掛けてきたという事は何か用事でもあるのかな……?

 でも俺、部活に入っているわけでもないし委員会や生徒会も入っていない人間だからそんな事……


 「め、メモ帳、落としましたよ……?」


 ある訳ない。と思ったのと同時に、彼はそう口にしていた。

 ……

 ……え?


 「メ、メモ帳?」

 「は、はい」


 思いもしなかった単語の登場に少し低い声が出てしまった。そのせいか相手は少しビクッとした反応をしていた。


 「いや俺、メモ帳をそんな簡単に落とすような場所になんて……」


 しまっていない。そう言おうとしたが、彼が後ろから取り出してきたそのメモ帳の表紙を見た瞬間、俺は確信した。


 「……いやすまん。それ俺のだわ」


 見せてきたメモ帳の表紙にはルイスちゃんが描かれていたからだ。

 なんでこれが俺のだと確信したかと言われれば、これは去年の冬コミ限定で販売されたものだからだ。

 こう言うとあまりこのノートの価値が分かり辛いと思うが、ルイスちゃんは個人勢であり、当時の登録者は確か六千人前後。デビューしてからと考えてみれば中々のものだったが、知名度は全くだった。

 当日の売上もイマイチだったらしく、事後通販もなかった。

 って感じなのでこれを所持している人の数は多分世界で二桁がせいぜいだろう。

 そもそも彼女の公式のグッズ、このメモ帳しか存在しないし。


 「そ、そうですか……では……どうぞ」

 

 そう言って男子生徒はメモ帳を俺へと差し出してきて、俺はそれを受け取った。


 「本当にありがとう。君は命の恩人だよ」

 「いえいえ……そんな滅相な……」


 なんでそんなに謙虚なんだろう?もうちょっと誇りに持っても良いと思うよ?


 「それに……拾った理由なんて、表紙の子がかわいくて気になったからで……」


 あーなるほどね。

 この人、ルイスちゃん目当てだったのか。理由が自分の心に正直すぎる。

 でもそのおかげで助かってるんだから文句を言う筋合いなんて俺には無いだろう。

 それに彼は”表紙の子”て言っていた。

 気になるって言ってたことだし、彼女の事を彼にも教えてあげよう。きっと彼もそれを望んでいるはずだ。

 ……布教じゃないからね?

 と、そう思っていたのだが……


 「なんのアニメのキャラクターですか?」


 あー……うん。

 そうか。そうきたか。


 「いや、アニメキャラじゃなくてVtuberです」

 「え?ぶ、V……?」


 はえ~……その反応だとどうやらご存じないみたいだ。今時Vtuber知らない人なんているんだ。

 まあさっきの彼の反応だと”Vtuber”という単語すら聞いたことないようにも聞き取れるけども。


 「ま、まあWeTubeで検索すれば分かるから。そこで気に入ってもらえればうれしいかな。じゃあ」

 「あ、はい……」


 これ以上喋ると俺が長く語りだすかもしれなかったので、彼にはそうとだけ告げて教室へと戻った。君に良き推し活ライフを。

 それにしても珍しい事も起きたなあ。

 なんだって俺はこのメモ帳、いつも制服の内ポケットに入れてるもん。そんな簡単に落とすような場所ではないはずなのになあ……

 久しぶりの登校日だからいつもと違う適当な場所にしまっていた可能性もあるが、それでも簡単に落ちるとは考えにくいし、そうだとしても気づくと思う。

 そう疑問に思いながら教室へと戻った。


 (うーん、さっきの事があったからメモ帳はカバンの中にでも仕舞っておこうかな……)


 どうせこの後も先生がなんか喋るだけだし、今日はもう使わないでしょ。

 俺は机の横に引っかけてあるカバンを取り出し中を開けた時


 (……あ、あれ?)


 なんとカバンの中からもう一つの全く同じ表紙、全く同じ大きさのノートが現れた。

 ……なんで?

 待て。ここは一旦冷静になろう。俺は何故か二つあるメモ帳を机の上に置いた。

 そもそもこのメモ帳、俺は一つしか持っていない。

 ま、まさか、分裂した……?

 いやいや、それはあり得ない。

 え!?じゃあこれって、もしかして他人のモノ……?

 だとすれば中身を見れば解決なのでは?そう思った俺はメモ帳に手を伸ばし……

 ってああもう!適当に置いたからどっちが俺のか分かんなくなった!

 いやなんでだよ!って自分自身にツッコミたい気持ちを抑えながらも、どっちが自分のかを見比べていた。

 ……いや表紙同じだから分からんわ。

 ええい!こうなったら勘だ!確率二分の一だし多分当たるでしょ。

 俺は右側に置いてあるメモ帳を開いた。

 そして偶然開かれたページはスケジュール帳だった。しかも丁度今月の分。

 その中身を確認……

 を、今週分だけ見たんだけど、もう分かった。

 これ、俺のじゃない。

 そのスケジュール帳は毎日びっしりと埋まっており、なによりも字が綺麗で、しかも分かりやすく色分けまでされていた。

 俺は毎日そんなに埋まるような予定は無い。念のためにもう一つのメモ帳を開いてみれば案の定ページは空欄まみれで字も汚かった。

 俺はその字が汚いメモ帳をそっとカバンに戻した。

 ……さて

 どうしよう、このメモ帳……

 俺のじゃないって分かったんだから普通に学校に届けた方が良い気もするけど……

 ……

 ………

 …………

 も、もう少しぐらい見ても、いいよ、ね……?

 ダブルチェックは大切だからね、うん。

 何よりも数少ない同志の人だと思うし、これをきっかけにその人と仲良くするのも相手にとっても悪い気はしないだろう。

 うん、そうだ。絶対そうだね。

 そう自分に言い聞かせたて俺はもう一度、他人のメモ帳を開いた。

 でも、見ていく内にどんどんと違和感が出てきた。

 なぜならこのスケジュール帳、予定の時間がほとんど19時~21時に集中している。

 しかもその内容もゲームやアニメのタイトル名だったり、”歌”としか書かれていない日もある。

 挙句の果てにはなんだこれ?昨日の昼の予定、”侍ノスバーガー”って。昼飯?いやそんなのメモ帳に書く必要なんか一切ないだろ。

 なんだかこのメモ帳の持ち主の生活がちょっと気になってきたな……

 ……いや待てよ?

 これよく見たらルイスちゃんの配信スケジュールじゃね?

 俺はスマホに保存してあった過去のスケジュール一覧を開いてそれと見比べ始めた。

 そしたらやっぱりと言うべきかその内容は完全に一致していた。

 なんだ、やっぱりただの同志じゃないか。このメモ帳の持ち主は推しのスケジュールを自分の生活といつでも照らし合わせながら生活をしているんだ。オタクの鏡じゃん。

 ……

 ………

 ……………

 じゃあ、今日の予定に入っている”記念配信”ってなに?

 いや、分かるよ?ルイスちゃんは今日の朝にチャンネル登録者が9千人達成したのはちゃんと見ていたよ。

 でもこの出来事、昨日の今日の話どころか今朝の話だよ?いくら何でも対応早くね?

 もしかしたら更新されているかも?と思いZを開いてみたが、ルイスちゃんのアカウントは何も更新されていない。


 (………………)


 俺の目線は吸い寄せられたかのように、配信スケジュールを出していない翌週以降の予定に目がいった。

 まだ実況した事の無いはずのゲーム名とか、”柑橘類フルパワーちらし寿司”とか意味不明すぎる単語も時間指定で書かれている。なんだよ柑橘類フルパワーちらし寿司って。絶対に酸っぱいだけじゃん。

 …… 

 え?これってまさか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る