『最終戦前、昼休み』
第二回戦を終え、大会に参加する生徒たちは昼食休憩の時間に入っていた。そして
コンビニで抱えるほどのスイーツを買ってきた
「……負けたの、半人?」
「はっ!?」
天涅への反発心だけで人の形を取り戻した雪花は、天涅に目の焦点を合わせる。
「あんた、なによそのお菓子の山! あたしが必死こいて戦ってたっていうのに……! ちょっと分けなさい!」
「そんなことより、勝ったの? 負けたの?」
迫ってくる手をかわし、天涅は再度問いただす。雪花の顔ににんまりと笑みが広がった。彼女はしきりに鼻の頭をこすり、ホワイトボードを指し示す。そこには
雪花は陶酔するように両眼を閉じ、気取ったポーズで机に手をつく。思ったところに机がなくて盛大にずっこけたが、懲りずに机の下から勝ち誇った。
「文句なしの快勝っていうか? ま、あたしにかかれば、ざっとこんなもんよ!」
実際のところは、そうそう見られないような、泥沼の大激戦だった。
この死闘を雪花が制したのは、執念の賜物と言う他ない。
机の下から這い上がり、彼女は得意がる。
「あんたにも見せたかったわ~。あたしの手がバチクソ冴え渡ってたところ!」
「そう。興味ない」
「あんたね! ちょっとは褒めるなり労わるなり、あってもいいんじゃないの? 囲碁を覚えて一か月のあたしが、二勝もあげてんのよ? 二勝も!」
天涅は山のようなスイーツの中から十円のチョコを放り、鷹揚に手を叩いた。
「御苦労。よくやった」
「前言撤回。あんたに労わられても、ムカつくだけだわ! あー、早くステラ来ないかなぁ」
言ってしまって、一気にテンションが落ちる。いまだにステラが会場に現れる気配はない。
「やっぱり漆羽様、めっちゃ囲碁強いんだろうな。このままじゃ、最終戦に間に合わないかも……」
しかし、天涅はまったく動じていなかった。
「もしそうなっても、次の関東大会がある」
「……あんたね。それは、あたしたちだけで優勝できたら、の話でしょ」
雪花が弱気になるのも無理はない。次の対戦校、
「あんた、本当に勝てる気でいるわけ?」
「わたしはいつ、どんな時だって、求められた役割を全うしてみせる。それがわたしの存在意義だから」
天涅はこともなげに、そう言い放つ。その姿があまりに堂々としているものだから、雪花は引きつった笑いを浮かべずにいられなかった。呆れが半分、感心が半分だ。
そこに、一人の女子生徒が近づいてきた。
「て、てめぇが次の私の対戦相手だな?」
制服を着崩した、フレームレス眼鏡の少女、
「おまえが灰谷・聖導の副将なら、そういうことになる」
「……ああ、そう」
向こうから話しかけてきた割に、いのりはあまり喋ろうとしない。なにか言いたそうにしているのに、口元は強張ったままだ。その妙な様子を見て、雪花は訝しんだ。
「もしかして、漆羽様の巫女候補って、あんた?」
「……!」
何故それを知っているのか。そう言いたげな彼女の眼で、すべてを察した。雪花の手が、胸ぐらを掴む。
「分かってんの? あんたのせいでうちのステラは!」
「……ぐっ。わ、私もまさか、天狗どもがこんな形で願いを叶えるとは思わなかった。私はただ、あの女のチームに負けたくないと望んだだけだ!」
しかし、いのりは情けない言い訳から一転、断固とした口調で言い放つ。
「それでも私は、これっぽっちも後悔なんかしていない。これは私たちの大会だ。私が愛する先輩たちの囲碁を、あの女なんかに土足で踏みにじられてたまるか!」
「なにがあの女よ! ステラのことなんにも知らないくせに!」
雪花は激高した。周囲の空気が冷えていく。
しかし彼女が一線を越える寸前、横から力強い手が伸びてきた。雪花の腕をつかんだのは、灰谷・聖導の大将、
「ここは囲碁の大会だ。喧嘩なら別の機会にしよう」
「あらあら、妙に賑やかだと思ったら、うちのいのりちゃんがなにかしたのかしら」
灰谷・聖導チームが勢ぞろいだ。
流石にたじろいだ雪花は、襲ってきた不意の痛みに「ぎゃん」と跳び上がった。天涅が、尻を蹴り上げてきたのだ。
「ちょっと! なにすんのよ!」
この騒ぎの合間にも黙々とスイーツを貪っていた天涅だったが、一瞬だけ手を止めると、有無を言わさぬ口調で忠告した。
「おまえに求められている役割は、ここでトラブルを起こすこと? 違うでしょ」
「……。……ああ、もう。クソッタレ!」
ひとまず場が収まったことを見届け、大将のシノブが口を開く。
「事情は分からんが、うちの部員がすまなかったな。……ところで、そちらの大将は、決勝戦までに間に合いそうか?」
「……」
雪花と天涅は答えられない。シノブは「そうか」と、心底残念そうに眉尻を下げた。
「私は
それだけ言い残して、彼女は踵を返した。三将、朧も会釈して後に続く。しかしいのりだけが、すぐにはその場を離れなかった。
「次の試合、私たちは絶対に勝つ」
そう言って彼女がポケットから取り出したものを見て、雪花と天涅は目を見開いた。いのりの片手で光を放っていたのは、金細工の片眼鏡――【
「おい、いのり。それはなんだ?」
「かけると
「いのりちゃん、変な人に騙されてお金を払っては駄目よ?」
「い、いや、これは別に詐欺られたとかそういうんじゃなくって……!」
彼女らを見送りながら、雪花が慌てふためく。
「ちょ、なんで……! なんであいつがあの眼鏡を?」
いや、大方の予想はつく。あれはまず間違いなく、仙足坊から渡されたものだ。勝負に勝ちたいという、いのりの願いを確実に叶えるため、念には念を入れてきたのだ。
「ヤバすぎでしょ。どうすんのよ、この状況……」
一時的に
「ねえ、ちょっと、あんた。聞いてんの?」
雪花は天涅の様子を確かめる。スイーツを食べる手が止まっていた。流石の彼女も、この絶望的な状況に言葉を失っているのだろうか。……否、そうではない。
天涅はあろうことか口の端をわずかに持ち上げ、笑っていた。
「なるほど。この展開は少し、……面白い」
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