第5話 スピカ

‪(✕‬‪✕‬‪‪✕‬ちゃん! みてみて!この花きれいだよ! )


 ん……なんだ。この記憶は……。花……屋か?


 (このお花、忘れな草っていうんだよ。ふつうは青色だけど白とかピンクとかもあるんだよ!)



 顔がみえない……誰だろうこの子は……


 (暑さには弱いからここら辺にはいないんだよ。だからこのお花買ってもいい?ちゃんと育てるから!)



 小学生くらいの女の子かな?花が好きなのか?



 (‪✕‬‪✕‪✕‬‬ちゃんありがと!これ‪✕‬‪✕‬‪✕‬ちゃんにもあげる。ちなみにこの花言葉はねー…………)




 ――――――――――――――――――――――――――





  ……さん。に……さん……


 (おにーさん!)



「ッ……ハア!」



俺を呼ぶ声が聞こえ夢は途切れ、一瞬にして飛び起きた。服は汗で濡れていた。

 

 (だいじょうぶ? ずっとうなされてたよ……。それにもう朝だよ)


 あぁ、昨日の幽霊本当にまだいるよ……。

 それに…………なんだったんだ?あの夢は。起きた今でも鮮明に覚えている。

 白色の帽子に紫色のヒヤシスが飾られていて、長い白色の服を羽織っている。小学5年生くらいだろうか。でも顔だけは黒いモヤがかかっていて分からなかった。


「全く……。どっちが夢なんだか……」


 (寝すぎだよおにーさん。今日はサー……クル?ってやつに連れて行ってくれるんでしょ?)


 ん、そうだった大学行かなければ。

 俺は枕元に置いていたスマホで時刻を確認した。


「え、10時30分?まてまてまて! 時間やばいじゃねーか!」


 2限の授業は10時50分から始まる。それに家から急いでも20分以上は確実にかかってしまう。

 

「また教授に怒られるーー!」


 (がんばってー//)


 幽霊には支度とかないからいいよな!

 俺はいつものように大慌てで支度を済まし弾丸のように家を飛び出ていった。


 

  *



 授業中、頭からあの幽霊の声が聞こえてきて正直かなり喧しかった。


 (ねえねえ、今なんのお話してるの?)

(びオ・サばールの法則? 何それ変な名前) 

(あ、!あの人寝てるよ。いけないんだー。授業中は寝ちゃだめなのに)


 とかずっと喋ってるし……。耳塞いでも意味ないしさ。

 

 早く何とかしないとな。神楽は霊媒師一族の家系だからきっと何か分かるはずだ。胡散臭いなんて思っていたが今となっては何も言えないな……



 授業も終わり研究室に大急ぎで向かった。



「おっ!来たなさい。こないだの深沼地の話は先輩から聞いたぞ!ついに出ちゃったらしいな〜」


「そうよ。もう言い訳できないわよ。それともまだ何か証明出来る?」


 できない……。けど今まであんなに否定してきたのにいきなり、はいそうです。と手のひら返しするのもなんだか許されない気もしてきた。


 ここは最後の力を振り絞り証明(言い訳)をしよう!


「ン、ん゙ん! で、できるぞ。先に結論から言おう。実は幽霊という存在は意志を持った電気エネルギー的存在だ」


「ほう」

「それで?」


 焦るな焦るな。この証明は自分でも1番納得している説だ。


「例えばオーブなどの心霊現象はなにかと意識を持って漂って見えるだろ?昔事故や戦争などで亡くなった多くの魂が何か訴えているように感じた人もいたという。それは魂が意志を持って存在しているから起こると考えられる」


 俺が喋っている間に幽霊の声が頭に流れてくる。


 (ねえねえ、この人達がサークルメンバーなの?)

 (ここで何してるの? ねーえー)


 ちょ、静かにしてくんない?今大事な証明をしてるんだ。


「えー、同様に!実は人間も原理的には同じことをしてるんだよ。手を動かすのだって、脳が意識的に電気信号を流し神経を通って手が動くだろ?」


 (ねぇ、さっきからあのチャラそうな人がずっと私の方見てるよ……)


「つまりだ!脳もオーブや魂も意識が存在し、電気エネルギーに換えて存在しているんだよ。だから幽霊は電気エネルギー体的存在ってことだ!」


 ふっ。我ながら完璧なる証明であろう。


「へ〜〜」


 神楽はニヤニヤと口元を緩ませながら透き通った目で俺を見ている。


「じゃあ聞くけどさ。猜の横にいる幽霊は何?」


「あっ……」


 しまった。神楽は霊感あるから見えるんだったけ……。終わった。証明終了QED!

 第一幽霊否定の証明をしながら幽霊の声を聞いてる時点でおかしいよな俺……



「そうだよ……。幽霊いましたよ!!俺が間違ってました!すいませんでした!」


「別に信じる信じないはいいけどよぉ。僕は霊感あるけど他の霊媒師より霊力も少ないんや。そんな僕でも今はっきりとそこにいる幽霊が見えるんだ」


珍しく、神楽は真剣な眼差しで話す。

 


「つまり何が言いたいんだ?」


「ちょっと難しい話になるぞ。幽霊は陽霊と陰霊に別れるんや。陽霊は亡くなったあとでもこの世に強い未練や、やり残したことがあると魂はすぐに霊界に行かずに一度幽霊として留まる。目的が未練解消だから人を襲うことも無いし霊力もそんなに強くない。だから霊力の弱い僕は鮮明に姿が見えないんや。

 けど陰霊は違う。亡くなる時までも殺意や憎しみといった強い負の感情を持っているとそれが魂に刻まれて人や陽霊をも襲ったりする悪い霊になるんや。凶暴である故に霊力も強いから僕でもはっきり見えるんや」


 それって……まさか……


「要するにそこの幽霊は陰霊の可能性も高いっちゅうこと。姿形を変えて近づくやつもいるからな」


 神楽が俺を見ているのか幽霊を見ているのか分からなかった。


(いん……れい? んー難しくてわからないよ……。私、悪い子なの? 私も私が誰なのかわからないの。ある時急に目覚めて誰もいないし1人だったの……)


「普通、陽霊はそんなに霊力を持ってないはずや。姿を変える陰霊は対象の霊力に合わせることも出来る。仮にそいつが陽霊に化けていたとして、わざわざ霊力を陰霊のままの状態にしとくはずがないんや。何が目的なのかわからんから怪しいってこと」


「・・・・」


 (おにーさん……私ここに居られない? ダメなのかな……)


「…………。大丈夫」


 (ほんとに? ここに居てもいいの?)


「大丈夫って、何を根拠に言ってるんや」


「根拠は……ない。けど何故だか大丈夫な気がするんだ」


 昨日現れたばかりで信じられないし、正体が誰かも分からない。だけど悪いやつでは無いと何故だか思う。


「上手く説明出来ないけど……そう、感じるんだ」



「猜がそこまで言うのも珍しいな。とりあえずねーさんに見てもらうか。ねーさんが大丈夫って言ったら大丈夫だ。それに襲うならとっくに襲っていただろうしね」


 ここで今まで話についてこれず黙っていた先輩がようやく口を開いた。


「えーとー……いるの?そこに? 」


「はい」


「猜くんは聞こえて、神楽は見えてるの?」


「はい」

「そッスね」


「ッ……ぇぇぉぇぁー!」


 狂句のような声を上げ、沸騰したてのやかんのように静かに興奮しているのが丸わかりだ。


「私も見たい!話したい! 幽霊と話せればこの世界のことだけでなく、様々なことを知れるわ!でもなんで私だけ見えないし聴こえないわけ? 不平等よ!もぅ!」


確かに俺もなんで急に聴こえるようになったんだ?聴こえるなら見えるんじゃないのか……


「確かに不思議やね。人間多かれ少なかれ霊力は皆持っているんや。霊媒師一族なんかは代々受け継がれているから霊力は多いけどね。でも一般の人が幽霊を鮮明に認知したり干渉したりするには修行や瞑想が必要なのに猜は突然声が聴こえるようになった……。原因は僕にもさっぱりや」


俺は改めて二人に昨日あった出来事や成り行きを説明した。



「じゃあこれからの活動はその幽霊の正体を探ることね」


少しの沈黙を破るかのように先輩は言う。


「そうッスね。なぜ猜は急にその幽霊が見えるようになったのか。その幽霊は何者なのか。色々調べることはありそうだ」


「じゃあまず名前つけなきゃね。呼ぶ時に不便だもの。何がいいかしら?」


 名前か……。確かに幽霊だと概念を指すことになるしな。

 明るく健気で可愛いから……


「スピカってのどうだ? 明るい性格だからおとめ座のスピカって言う最も明るい1等星なんだよ。それに幽霊だからスピリチュアルのスピも掛け合わせてるぞ」


「スピw」

「……猜君は親御さん?」


おい!そこぉー!笑うな!人が考えた名前を笑うな!ダメなのか?結構考えた良案だったのに……。名前は色んな気持ちや意味を込めてつけるもんだろ?


「だったら何かいい名前でもあるのか?」


「そうね……。幽霊の最初の二文字を取ってユウってのはどうかしら? 呼びやすいし二文字で可愛いわよ」


 二文字で可愛いか……。響きがいいってことなのか?まあ分からなくもないが。これはもう本人に聞くしかないな!


「君はスピカとユウ。どっちがいい?それとも別の呼び方がいいか?」


 お互い目を見開きながら返事を待つ。

 二人の目力に少し戸惑いながらもゆっくりと口にする。


 (うーーん……スピカが、いい//)


おっしゃぁぁーー!


「で、何だって?どっちが良いって?」


 俺は誇らしく得意げな態度で先輩に伝えた。

 

「スピカですって。この子が気に入ったみたいです。いやー良かった良かった」


「くっぅ」

 

 ムスッとした表情でこちらを見ている。さすがにあんな安直な名前に負けたらきっと自我を失っていただろう。別に勝負じゃないんだが。子供にママと呼ばれるより先にパパと呼ばれる気持ちはこんな感じなのかな。



「これからよろしくねスピカちゃん」

「よろしくな。スピカ」

「よろ〜やっぱスピカちゃん可愛いねー」


そういえば神楽は姿も見えているのか……。


「どんな姿をしてるんだ?」


「んー。薄紫色で長い髪の毛に、瞳が黄緑色で幼そうに見えるけど中学1年生って感じかな。身長はこの中で1番小さい。あ、あと服着てないな」


 (むぅー。スピカだってこれから伸びるもん)


そうか……。今まで話し方から小学生くらいかと思っていたが中学生くらいか。昨日夢で見た少女と何か関係があるのか?

 いや、それよりも…………最後なんて言った?


「あ?服きてないだと!? なんでそれ早く言わなかったんだ!?」

「ちょ!何見てたのよあんた!ずっと見てたわけ!? この変態ロリコン!」

「お、おい、落ち着けって。別に見たくて黙ってた訳じゃない。そもそも幽霊は人間だった頃の姿や思いが魂に刻まれていてそれを核として形成されるんや。だから服着てないならどうしようもない。現世にある服を渡した所で着れないやろ?」


「へぇー。だからずっと見ていたと?女の子の裸をねぇー」

「神楽ー。さすがに趣味が悪いぞ」


 この雰囲気は不味いと察し神楽は慌てて弁明する。特に先輩へ。


「僕の話聞いてた!? どうしようも無かったんだって! じゃあ目でもずっと瞑っとけば良かったのか!? 解決するまで!」


「ええ。もちろんそうよ。それが見ていい理由にはならないわ」

「そ、そうだそうだー」


 隣で静かに怒りを煮えたぎらせる先輩に鳥肌が立った。


「じゃあどうすればいいんだよぉ」

「さっき自分で言ってたじゃない」

「え?……まじでやんの?」

「ええ」

満面の笑みを浮かべるその様子はなんとも恐ろしかった。

 

こうして神楽は目を黒い布で覆われ、みんなで神楽の家へ行くことになった。

 どうか道中警察に見つかりませんように。

 

 




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