第3話

 午後から再開された裁判は、予定より三十分ほど遅れて始まった。あの魔法襲撃犯は、エメリヤの参加により無事服毒自殺する前に捕らえることができたらしい。もっとも、捕まえただけの今はまだこちらの分が悪い状況だ。

――やはり、聖女様の関与を匂わせているようです。

 小声で報告してくれた検事総長は、引き続き犯人の尋問を行うらしい。とはいえ、服毒自殺を図るほどの覚悟がある相手だ。そう簡単に白状はしないだろう。

「では、続いて弁護側の陳述を」

 検察側の陳述のあと、右側の弁護側席から弁護士が腰を上げる。今はまだ、そちら側は私が今回から証人尋問を受けることを知らない。悟られて対策をされないように、証人席ではなく傍聴席に控えた。もちろん、被疑者の身だから背後は検事達に固められている。

 叔父はどんな主張をして私を貶めるつもりなのか。予想はできるが、憂鬱なことには変わりない。

「大丈夫だ、オリナ。俺がついている」

 小さく言って、隣の兄が鼻先をこすりつける。頷いて抱き締め、ただ神に祈った。

「被告人、アルチョム・カリュニシンは一貫して無罪を主張しています。そして真犯人は聖女でありまた被告人の姪であるオリナ・カリュニシンで、彼女の策により犯人に仕立て上げられたのだと話しています」

 朗々と話し始めた叔父の弁護士は、ウラジミル・スミルノフ。三十過ぎとまだ若いが首都で一番の敏腕で、罪も潔白に変えると噂の人物だ。既に名声を手にした今は、自分の気が向いた事件の弁護しか行わないらしい。今回は、よほど彼の興味を惹いたのだろう。

「その原因は、七二三九年に発生した『魔女による幼児略奪事件』にあります。この事件は、血液により親子、近親者を見分けるために整理魔法が使われた初めての事例となります。当時、この方法を発見したのは被告人であると報じられました。しかし、実際には彼ではなく、十二歳だったオリナ・カリュニシンによるものだったのです」

 早速の暴露に、傍聴席がざわめく。予想していなかったわけではないが、叔父は全てを捨てる気らしい。そこまで私を、カリュニシンの色を憎んでいたのか。

 静粛を求める裁判長の声に周囲が静まるのを待って、弁護士は優雅に歩き始める。まるで役者のような姿だ。華々しい実績を支えているのは、おそらくその演技力と顔だろう。

 カリュニシンの美貌を見慣れた私はなんともないが、傍聴席の女性達を見れば一目瞭然だ。一つに束ねられた金髪は動きに合わせて優雅に揺れ、エメラルドを思わせる緑の瞳は表情豊かに輝く。顔立ちはまるで彫像のように整っているし、長身に見合う長い手足も見栄えがいい。程よく身に沿うスーツの着こなしも清潔感があって、良い印象を与えていた。

「当時はまだオリナ・カリュニシンは聖女として目覚めておらず、兄ドルスとともに両親を事故で喪った不安定な状況でした。被告人は幼い彼女の身に耐えがたい好奇や関心が寄せられることを危惧して、自分が発見したものとして公表したのです。叔父としてできる、誠意ある心遣いでした。ただ、被告人も間違いを犯しました」

 神妙な声で終えたところで左側の検事席の前まで辿り着くと、くるりと踵を返す。検事席にいるのはエメリヤとブラト、二人とも険しい表情で弁護士の主張を聞いていた。

「被告人は自分の発見にすると彼女に告げた時、同時に『成人したら彼女の発見であると公表する』と約束していたのです。しかし彼は、己の発見であるとして身に受けていた尊敬を失うのが恐ろしく、約束の日を過ぎても『手柄』を彼女に返そうとしなかった。聖女となった彼女に催促されないのをいいことに、このまま見逃してくれるのではと望んでいたそうです」

 弁護席へ戻りながら、戒めるような口調で叔父の所業を周囲に知らしめる。叔父が小さく頷いて項垂れたのも、芝居だろう。被告は裁判に当たって、表情から口調まで弁護士と打ち合わせすると聞く。無罪を勝ち取る、あるいは刑罰を少しでも軽くするには裁判官への好印象が欠かせないのだ。

「それが、あの穏やかな笑みの下で怒りを燃やすに至った一つの理由……そして、もう一つは」

 弁護士は私を見て、手を差し向ける。視線を一身に浴びながら弁護士を見据え返すと、宥めるように笑んで正面を向いた。

「オリナ・カリュニシンの両親は、魔鉱晶車の事故で不幸にも亡くなりました。そう、事故なのです。ですが彼女は神の采配を疑い、事故ではない証拠を探し求めました。そちらに関しては、彼女と接触のあった図書館司書や大学教員などの証言も得ておりますので、証拠として提出いたします。彼らは皆、聡明かつ熱心な彼女の姿、それゆえの痛々しさを覚えていました。そして、大切な者を喪った者は死を認めるまでにはあらゆることをしようとする、その一貫なのだと受け止めていた、と語っています。ですが」

 もったいぶったように区切り、ぐるりと周囲を見回したあとまた私を見る。その目が不敵な笑みを浮かべるのを見て、兄の毛を握った。

「叔父様達は、お父様達の事故まで利用する気なのね」

「恥を知らぬ奴らだ。許されるなら噛み殺してやるのに」

 悔しげに返して、私の膝に手を載せる。もふもふの毛並みを撫でると、少しだけ心が凪いだ。でも、ほんの少しだけだ。暗澹としていくばかりの気持ちを晴らすには、全てを明らかにするしかない。

「……彼女は事故の調査を進める中で、また新たな発見をしたのです。そう、それが今回の事件の肝である、氷魔法と分離魔法を組み合わせる方法です!」

 弁護士は高らかに嘘を吐き、傍聴席のざわめきを満足そうに眺める。

 叔父の罪状とその内容に関しては、検察側の陳述で既にエメリヤが明らかにしている。あの魔法を組み合わせた方法を口にした時には、裁判長が静粛を求めるほどにざわめいた。私が発見した整理魔法の利用方法と比較するまでもなく、この発見は「とんでもない」レベルだからだ。これまで永久持続と思われていた分離魔法に制限を掛けられることが分かった上に、分離魔法を挟むことで魔法と魔法に「間」を生み出せることまで明らかになった。生活魔法は属性魔法の格下とされ研究対象としての扱いも小さいが、これでいろいろと明らかになっていくだろう。

「マキシム・カリュニシン元法務長官ほか二名を載せた魔鉱晶車は、車軸が折れたための転落事故として処理されました。また折れた車軸に残っていた氷魔法の凍結は、元法務長官が咄嗟の対応をするために掛けたものと考えられました。状況から判断して、氷魔法が攻撃に使われたとは考えられなかったためです。しかし、彼女は事故ありきでその可能性を探り続けました」

 明らかになっていく筋書きに、思わず溜め息をつく。なるほど、『全てを私の手柄にする』わけか。ここから、どう覆せばいいのだろう。覆すことなど、私にできるのだろうか。

 胸のペンダントを握り締めても、神が助けてくれるわけではない。

「お察しのいい方はもうお分かりでしょう。そうです、彼女は事件の可能性をさぐるうち、『事件にする方法』として、今回の組み合わせを『偶然』発見してしまったのです。そして彼女は、彼女にとっては悪人である叔父、被告人がそれを発見して行ったのだと思い込んだ」

 弁護士が声をひそめると、法廷も倣うように静まり返った。聴衆は完全に飲まれて、弁護士の芝居に酔っている。毎回こうやって周囲の心をつかみ、無罪を勝ち取ってきたのだろう。勝利の前には、嘘の罪など塵に等しいのかもしれない。

「ですが、皆さん。思い出してください。整理魔法を血液に掛ける発見をしたのは、誰でしたか? これまで何百万回と唱えられてきたのに誰一人として思いつかなかった整理魔法の可能性を発見をしたのは。己の欲のために姪の手柄を横取りしてしまった被告人と、たった十二歳で新たな可能性を発見した聖女オリナの、どちらが本当の発見者であるのでしょうか」

 被告人はどこまでも愚かで、発見をするような資質を持たないと主張したいらしい。確かに、父に比べれば法務長官としての叔父の手腕は振るわない。まさかこの時のためにうだつの上がらないふりをしていたとは思いたくないが、分からない。叔父は、いつからこの計画を立てていたのだろう。

「怒りを恨みに変えた彼女は、被告人を陥れるために一計を案じます。神に許しがたい不敬を働いたウルミナ様と、被告人を同時に抹殺する計画を。それが、今回の事件なのです」

 前置きを終えて、いよいよ本題へと切り込む。

 しかし私が犯人だと主張するのなら、避けて通れない道がある。神力を持つ者に対してその疑いは最大の侮辱だが、おそらくは「そのつもり」なのだろう。

「オリナ・カリュニシンは被告人を犯人に仕立て上げるべく、巧妙に宮廷内に罠を仕掛けました。そして準備が整ったところで、例の被告人が発見したと思い込んだ同じ方法によりウルミナ様を殺害した。そして自らも捜査を手伝うふりをして、被告人を犯人にしたのです。その仕上げに、兄であるドルス・カリュニシンを利用して被告人に傷を負わせました。被告人は『殺されるかもしれない』と恐怖を感じ、彼女に強要されるままに嘘の自白を行い逮捕されたのです」

 弁護士は弁護席でじっと動かず殊勝な素振りを続ける叔父を見たあと、再び私へと視線を向ける。笑みの中に見えた侮蔑に気づかないほど、間抜けではない。膝の上で握り締めた拳が震えた。

「もちろん、聖女でもある彼女は神力のみで魔力を持たない存在です。ですが、聖女になる前は幼いながらに上レベルの魔力を保有していました」

「裁判長」

 耐えられない言葉に耳を塞ぎたくなった時、エメリヤが挙手をする。死にそうな私を一瞥したあと、裁判長の許しを得て腰を上げた。

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