「ここに来るもの久しぶりだね〜」


「あんた達は森に引き籠もってばかりだからね」


 ここは三人が住む森から、馬の脚で2〜3時間ほど進んだ場所にある町――リベルタ。


 魔王城を中心とした〝魔族領〟から一番遠く、目立った迷宮や遺跡は少ないが、その分出没する魔物や、獣のランクが低く、登録したての新米冒険者でも比較的楽に狩りや、魔晶石の採取が出来るため別名『始まりの町』とも呼ばれている。


 他の街に比べ、規模こそ小さいものの多くの冒険者で賑わう活気あふれる町である。


 そんな町の一角に居を構えているのがここ、『冒険者ギルド』。


 本部を王都に構える支部の一つだが、今もひっきりなしに様々な装備に身を包んだ冒険者たちが出入りしている。


 ベッキーたち三人は、試験となるクエストの発注と、その受注を行うためにギルドを訪れていた。


「おい、見ろよ〝金等級〟だぜ」「まじかよ。俺始めて見たぞ」扉を潜るなり、ギルド内のそこかしこからそんな驚きや畏怖、羨望の声が上がる。


 それもそのはず。始まりの町というだけあって新米――銅等級や、良くても青銅、その師匠クラスでもくろがねが殆どを占め、その上の〝銀等級〟ともなればほんの数名しかいない状況の中、


「いらっしゃいませ。タカナシ様の御一行ですね」


 受付嬢にそう呼ばれたベッキー達二人の師匠の胸元には、最高クラスを示す〝金色〟の輝きを放つプレートが、その存在を誇示するかのようにぶら下がっていたのだから。


※ ※


「はい、これでクエストの受注は完了です」


 卒業試験の発注、および受注に必要な書類の全てにベッキーたちのサインがあることを確認した受付嬢が、手にした書類をトントンと揃えながらそう告げる。


 いよいよ試験の始まりである。


「いいかい二人とも」そう前置きすると、ベッキーの右肩とマルティナの左肩にそれぞれ手を置き諭すような口調で言う。「ここから先はあたし抜きでの冒険になる。分かっているとは思うけど、バース族は罠を巧みに操ることで有名と云われていた一族だ。一歩間違えば死ぬ可能性も十分にありえる」


「そんなとこに弟子を放り込むなよ」しかしそう言うベッキーの口調は楽しげだ。


「フフ。確かにそうだね。このクエストは正直卒業試験には向かない。ランクアップ用の試験に匹敵する難易度だ」


「それくらいじゃなきゃ歯ごたえないようねぇ〜」


「頼もしい限りだね。でも油断は禁物だよ? さっきも言った通り死ぬ可能性もゼロじゃない。でもあたしは信じてる。あたしが鍛えた冒険者は超一流なんだと、その手で証明してみせてくれ」


「やってやろうぜ相棒っ」ベッキーはそういうと左手で拳を作り――、


「やってやんよ相棒っ」マルティナは右手で拳を作り――、


 互いに健闘を誓い、拳同士をぶつけてみせた。


※ ※


「ここからがバース族が守っていたっていう森か……」


「やっと着いたねぇ……」


 どこかうんざりとした感じを滲ませつつ馬上で大きく伸びをするマルティナ。


 町を発ってからここまで、既に13日ほど。道中、盗賊に絡まれたり、予定していた道が崖崩れで塞がっていて回り道を余儀なくされたりと、10日ほどの予定が三日ほど超過する羽目になっていた。


 早く試験をクリアしたいと勇んで馬に飛び乗ったものの、こんなことなら馬車で来たほうがまだ楽だったかもしれない。


 とはいえそんな事を言っていても始まらない。


「ここからは徒歩になる。〝スネア系〟とか何がしかの罠が残っている可能性があるから気をつけて進めよ」


『スネア』とはそこを通りかかる相手を対象とした、地面に仕掛けられた罠のことを意味する。それ自体は効果もそれほど期待できるものではないが、転んだ先に致命的な――例えば先端が鋭く尖ったスパイクなどが設置してあれば、その危険度は十二分に跳ね上がるだろう。


「あいよ〜」という相棒の気の抜けた返事を聞きつつ、馬に積んだ荷物を背負いだすベッキー。その出で立ちは上半身をチュニックと革製の胴衣ボディスで包み、その上から動きを阻害しないようにと、胸元などに最低限度の革製鎧レザーアーマーを身に着けている。ボトムは上半身と同じカーキ色のショートパンツ。足元は太ももまでの黒のニーソックスを膝丈のレザーブーツで包んいる。手には鍵開けなど細かい作業が必要になった時に邪魔とならないようにだろう、指ぬきの革製のグローブがはめられていた。最後に腰のベルトに装着したお手性の閃光手榴弾の存在を手で確かめ、ポーション類を入れたポーチの中身と、ブーツに仕込んだ短剣ダガーを抜いてその輝きを確認すると、問題なしとばかりに「おしっ」と声を上げる。


「こっちも準備OKだよぅ」と引き抜いた長剣ロングソードを背中の鞘に戻したマルティナはといえば、上下はベッキーと揃いの出で立ちで、違いといえば両手に革製の籠手レザーグローブを装備していることと、腰回りの装備。あとは背中に吊った長剣くらいだろうか。それと、姉と違って胸元が非常に窮屈そうなのを付け加えておく。


 マルティナを先頭に、長剣で邪魔な枝葉を切り落としながら森の中をゆっくりと進む。


 風に揺れる木々のざわめき。枝葉を切り落とす音に驚いたのだろう、金切り声を上げて飛び去る鳥。日の光が樹木に遮られ薄暗いその一帯は、一歩、また一歩と進む事にその暗さを増しているようにも思える。


 これまでのクエストでも同じような深い森の中を進んだこともあったが、その時は師匠が常にそばに居た。それが自分たち二人だけになると、こうも不安を掻き立てられるものなのだと痛感する。それは相棒のマルティナにしても同様なようで、以前なら得体のしれない獣の遠吠えがすれば、獲物にしようと勇んで駆けていっていたところが、今はその度に足を止める始末だった。


「しっかりしろオレッ」こんなことではいつまで経ってもの目的地に辿り着けない。ベッキーは歩みを止めると、そう言って自身の頬を、両手で挟むように引っ叩く。それに続くように頭上からパンッと軽快な音が鳴って顔を上げてみれば、マルティナもまた同じように自分へ活を入れているところだった。


 そしてその効果はすぐに発揮されることとなる。


「止まれっ」とベッキーの鋭い静止の声が飛ぶ。マルティナは踏み出そうとしていた足を素早く戻すと、姉が凝視している地面に顔を向けた。


「下がってろ」お互いの立ち位置を入れ替えると、足元に落ちていた一番太い枯れ枝を手にしたベッキーは、左手で顔を庇いながら、ここだと思う場所にそれを突き入れた。


――ガシャンッ


 するとどうだろう。マルティナには下草の薄い何の変哲もないようにしか見えない地面が、突如として牙を剥いて枯れ枝に噛みついたではないか。


 いや、正確にはそれは〝のこ〟状に加工された金属製のフレームだった。いわゆる『ベア・トラップ』と呼ばれる類の罠で、狩猟や、侵入者の捕獲など多岐にわたって使われている、いわばスネア系の代表格のような代物である。


 このあたりの森に熊が生息しているという話は聞いたことがないが、いずれにせよあのまま不安に駆られるままに進んでいれば、今頃マルティナは足を挟まれ大怪我を負っていたことだろう。


「…………バース族が仕掛けたものにしちゃフレームや鎖の錆が少ないな」本体や、そこから固定用の杭まで伸びる鎖を見ながら、そうひとりごちる。


「遺跡を守ってる部族が他にもいるのかな?」


「さぁな。ただの狩猟目的のものかもしれんし、いずれにせよこれ一つってことはないだろうから慎重に行くぞ」


 ベッキーは前方の薄暗い道なき道を見通すように見やりながら、遺跡が見つかる前からこの調子じゃ、この先も大変そうだなとげんなりした表情を浮かべるのだった。

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