「何ごとっ?」


 すわ襲撃か? と大慌てで一階に上がる師匠。これまで何度も山賊や、野盗と殺り合ってきた経緯があるのでそう考えたのだろう。


 しかしそこに居たのはただ一人ベッキーだけで、両耳を塞いで悪い笑みを浮かべている姿だった。


「どうした師匠。そんな慌てて?」


「どうしたもこうしたも、今の音何っ?」


「ああそれなら――」と何でもないように一つの扉を親指で示し「マルティナのやつが起きないからこれ使ったんだ」


 そう言って人差し指をくるりと回す。その先っちょでは、つい先程見たばかりの〝アレ〟の安全ピンがくるくると回っていた。


「あんた自分の妹に何してんのよっ」ベッキーの肩をがくんがくん揺らしながら詰め寄る師匠。


 そもそも閃光手榴弾は対象の感覚を麻痺させ、混沌させる非殺傷兵器である。目覚まし代わりに使って良いものではない。


「ありふれた方法だろ、こんなの」


「気が触れた方法の間違でしょうっ?」


 と、二人がそんな遣り取りをしていると、そこだけ扉の隙間からうっすらと煙が漏れ出ていた部屋の扉が乱暴に開いた。


「ちょっと今の爆発、ねぇちゃんでしょうっ? うるさくて起きちゃったじゃん!」


 その奥から、部屋に籠もっていた煙と共に、怒りも露わに一人の少女が姿を現した。


「おう、やっと起きたか。もう朝だぞ。いつまでも無駄な脂肪の塊見せつけてないで、服着て顔洗ってこい」


「無駄じゃないもんっ。これはアタシのアイデンキティだもん」どこの猫キャラだろう。


「『アイデンティティ』な。んなことよりさっさと行ってこい」


「いやいやいやいやっ。何で普通に会話してんの?」


 姉妹の遣り取りにとうとう師匠のツッコミが入った。


「だからどうしたんだ師匠」


「どうかしたの? 師匠」


 そろって首を傾げる二人。


「マルティナ、あんたアレ喰らって何でそんなピンピンしてんのよ?」


「ん? 耳が少しキンキンするけど別になんともないよ。ねぇ、そんなことより今朝の朝食のメニュー何っ?」


「…………」さしもの師匠も、これには唖然として空いた口が塞がらなかった。


 それはそうだろう、先程の盛大な衝撃音からして、失敗作ということは考えられない。閃光手榴弾の効果を考えれば、起きるどころか昏睡していてもおかしくないのだから。どんな三半規管をしていれば無事で居られるんだろう?


「…………朝食の用意でもするか」


 一度目にしただけの閃光手榴弾を自力で、それも一年と掛からない短期間で再現してみせた姉のベッキー。


 その閃光手榴弾を不意打ちで喰らってもピンピンしている常人離れした身体能力を有する妹のマルティナ。


 双子なのに大学生と、小学生くらいの身長差がある凸凹コンビの背中を目で追いながら、師匠はぽつりとそう漏らしたのだった。


※ ※


「卒業試験?」


「ああ。あんた達を拾ってから今日で五年になるし、もう教えられることは教えたから、そろそろ独り立ちの時かなって思ってさ」


 朝食も終わり、「んじゃもう一眠りしてくるね〜」と言い出したマルティナを無理やり椅子に座らせた師匠が口にした内容がそれだった。


「それって、その試験に合格すればオレ達だけで依頼を受けてもいいってことかっ?」


 思わずといった感じでテーブルに手を付き上半身を乗り出すベッキー。その目はどこか興奮気味に輝いていた。


 それもそのはず。通常、ギルドに登録したばかりの新人は、より上位の冒険者の下で研鑽を積む取り決めとなっており、クエストも一人前――青銅等級以上――と認められるまでは直接受注出来ない決まりになっている。これは新人冒険者の死亡率を上げないためと、薬草採取等で誤って毒草に手を出さない――触れるだけでも危険な代物もある――ための措置なのだそうだ。


 そして一人前と認められるためには、師匠となった者が依頼者としてギルドに発注したクエストを無事にクリアする必要がある。


 それが通称〝卒業試験〟と呼ばれるものである。それを受けられるというのだから、興奮するのも無理からぬことだろう。


「ああ。無事クリアできれば晴れてあんた達は一人前。身の丈にあったものなら好きに受けるがいいさ」


 長年待ちに待った機会がようやく訪れたことに、「おおっし」と興奮冷め止まぬベッキー。マルティナもその興奮に当てられたのか、それまで眠そうに舟を漕いでいたのが嘘のように、目を爛々と輝かせている。


「やる気は十分なようだね。よしそれじゃ、試験の内容を話すとしようか」


 そう言って師匠は足元に準備していたカバンから、一冊の古めかしい本を取り出すと、その三分の一あたりのページを開いてみせた。


 そこには、おそらく別の地図から移したものだろう、とある一族の在り処が示されていた。


「これはここからだと、南西に馬で10日ほどの距離にある密林の場所を示している地図だ」その中央辺り、〝✘〟印が書かれた場所を指差し「ここにとある一族が住んでいたんだが、どんな部族だったか分かるかい?」


「その辺りだと…………確か〝バース族〟が存在していたって云われていた場所じゃなかったか?」


「おっ、さすがベッキー。正解だ。ということでもうクエストの内容は把握したな?」


「え? どゆこと」と首を傾げるマルティナ。


「ああ。要するに、バース族が遺した遺跡を見つけて、そこに眠っているっていう〝黄金の偶像〟を手に入れろってことだろ?」


「そういうこと。明日にでもギルドへ試験の依頼をするから、それまでにしっかり準備しておくんだよ」


 弟子たち二人は、その言葉に「おおよっ」と威勢のいい返事を返した。

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