第23話 娘に負けた系のヒロイン

「私は……。消えると聞きました」


 りょう愛花莉あかりは、今にも消え入りそうな声。


「お母さんが夢を見すぎて……。それで、誕生する確率があまりにも低いと」


「どういうことだ? 未来からの来訪者であるのに、過去が揺らいでいる?」


 愛花莉も納得していない顔のまま、説明する。


「理屈は知りませんが……。お父さんとお母さんが結ばれる可能性は、ゼロに収束しているようで……。この時代のお母さんと話したら、妙に納得しましたが」


 チャリッと、俺が贈ったペンダントが愛花莉の胸元で揺れた。


「そうか……。だから、あの入り組んだ異世界へ?」


 首肯した愛花莉は、弱々しい声で答える。


「お父さんの本音は分かりました。このまま――」


 立ったままの愛花莉を正面から抱きしめ、優しく言う。


「まあ、何とかしておく!」


 服越しに背中をさする。


 さする。


 さする。


「あ、あの……。もういいの……でええっ!」


 愛花莉が叫んだ後で、ビクッと震え、くたーっと力が抜けた。


 そのまま崩れ落ちそうになったから、両脇で支える。


「カレナ! どうせ、お前が未来から連れてきたんだろ?」


 地面の一部から、ひょこっと頭が出てきた。


 上半分だけで、こちらをジッと見上げる。


「愛花莉については、理解した。俺が何とかする。娘を未来へ連れ帰ってくれ」


「分かったのじゃ!」


 水面にいるように頭半分だけで移動してきたカレナは、愛花莉の足首2つを掴み、下へ引っ張った。


 水に落ちるように、愛花莉が消える。


 また、未来でな……。


『お母さん達が会わせなかった理由が、よく分かりましたわ』と、小声で言っていた気がするけど。


「未来で娘と会えないのは残念だが、たまには触れ合うのもいいな!」

「お主の頭の中では、そうなのだろう。お主の頭の中では……」


 消えたはずの室矢むろやカレナが、これ以上ないほど呆れた表情のまま、突っ込んできた。


 構わずに、話を続ける。


「異世界へのゲートは、どうせ大戦中の遺物だろ?」


「まあ、そんなところじゃ! お主が壊したから、もう犠牲は出ないだろう」



 ――WUMレジデンス平河ひらかわ1番館


「この室矢重遠しげとおには、夢がある! それは――」

「あー、ハイハイ! 超空間のデータリンクで、もう知っていますから! その件は若さまの好きにしてください」


 せっかくモデル立ちで、後ろから夕花梨ゆかりシリーズにライトアップしてもらっての決め台詞なのに。


 最近は、正妻の南乃みなみの詩央里しおりのノリが悪い。

 倦怠期だろうか?


 すると、詩央里が報告する。


明大めいだいのほうは、潜入したK県警の刑事2人を含めた見学者が行方不明と……。あ! 次元振動研究室の草道くさみちという男子は生還したようですね? かなり大変だと思いますが」


「知らん」


 肩をすくめた詩央里は、そうですね、と同意した。



 ◇



 自室に戻り、梁愛花莉が誕生する可能性を探る重遠。


「デートコースを探りつつ基準ポイントおよび各ルートの並行処理……。チッ! 確度の高いポイントで随時コミットしつつ、有亜ありあのロジックパターンに合わせて超空間に疑似的な学習型AIを構築してのリアルタイム支援! ランダム要素の揺らぎをルーチン化……再設定が間に合わない!」


 室矢重遠は、ムダに主人公らしい雰囲気で、必死に可能性を辿っていく。

 未来予知などの持てる権能を全て使いつつ。


 ニコニコしている如月きさらぎちゃんは、ほぼイキかけている。


 傍で見ている分には、面白すぎる光景だ。 


 ちなみに、その主人である千陣夕花梨は、離れた自宅のソファーに横たわったままで知り、笑い転げている。


 そうとは知らず、重遠は苦労する。


 自分に集中線をつけながら、叫ぶ。


「ヤれば、デキる!」


 まあ、そうだ……。


「出かける!」


 控えていた夕花梨シリーズが、動き出す。


「着替え!」


「デートコース!」


「護衛は?」


 パッケージを換装されるように、重遠の準備が整う。


「完了!」

「発進、どうぞ!」


「室矢重遠、行ってきまーす!」



 ◇



 室矢カレナは、南乃詩央里の自宅にいた。


「正直なところ、梁有亜の乙女すぎる思考だと、普通の男は付き合いきれんな?」


 その親友である咲良さくらマルグリットも、否定しきれない。


「まあ、ちょっとね? 愛花莉ちゃんは作れるとして、その後は?」


 少し考えたカレナは、あっさりと答える。


「何だかんだで、重遠はなさけを交わした女を大事にするほうだからな……。腹をくくれば、それなりだ! 逆に、これが一夫一妻だったら、まず離婚している」


 息を吐いた詩央里は、自分の感想を述べる。


「妻が多いほうが、上手くいくと……。ここまで関わった以上、女が1人増えようが、それは構いません。ただ、これをキッカケにして中央省庁が調子に乗らないよう、管理してください。担当は、メグとカレナですよ?」


「はーい!」

「任せておくのじゃ」


 その返事を聞いた詩央里は、横になったまま、小さく笑い続けている女子を見た。


「む、娘に負けた女って……。ウフフフ……」


「夕花梨も、いい加減に戻ってきてくださいよ?」


 室矢家は、今日も平和だ。

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