第22話 極めた強さは基本に帰る【愛花莉side】

「ところで、お前は――」


 室矢むろや重遠しげとおが、右手の刀を背中で背負うようにした。

 後ろに立つ巨人の腕とぶつかり、耳を塞ぎたくなるような音が響く。


 しかし、自分の前にいるりょう愛花莉あかりを見たままだ。


 剣道着を思わせる和装のまま、独白するように呟く。


「俺、考えたんだよ……。消えちまったお前に対して、どう残そうかと」


 後ろに立っている巨人が、狂ったように左右を振り下ろす。


 背中に回した右手で下げた刀によって、ことごとく受け流し続ける重遠。


「今の俺は、千陣せんじん重遠じゃない……。当たり前だが」


 壁にもたれて、座り込んでいる愛花莉は、自分のせい? と思う。


 けれど、立ち上がるタイミングがない。


 重遠は相手を見切ったようで、刃を相手に向けたまま、クルリと振り向いた。

 その流れで屈み、立ち上がる勢いのまま、斜めに切り上げる。


 悲鳴らしき声を漏らしつつ、消え去る巨人。


 けれど、赤のライトで照らされた通路のどちらも、敵が密集している。


 ゆっくりと自然体に戻った重遠は、静かに呟く。


千尋せんじん水天一黒すいてんいっこく……」


(完全解放だ)


 状況を理解した愛花莉は、思わず目を見張った。


北垣きたがきおば様の千狐丸せんこまる錬大路れんおおじおば様の氷月花ひょうげつかは見たことがある)


 御神刀を持っている人物は、室矢家でも少ない。


 愛花莉を始めとする娘たちは、その2人について、見学した。


 戦略兵器に匹敵するほどの威力で、それぞれに厄介。


南乃みなみのおば様も、士坤号しこんごうというほこがあるはず……。敵対した時のためか、見せてくれなかったですけど)


 その士坤号は、格好いいドイツ語で言う必要があるうえ、いい年をして白いワンピース姿となる。

 おまけに、完全解放は星をも砕く長距離射撃だ。


 色々な理由で、南乃詩央里しおりは、いいえ、私はお断りします。と微笑んだそうな……。


天沢あまさわおば様は、立場上、仕方ありませんが……)


 重遠の妻の1人となった天沢咲莉菜さりな

 彼女は、四大流派の1つ、桜技おうぎ流の筆頭巫女だ。


 その天之羽芭霧あめのはばきりを抜けば、神敵を滅する合図となる。

 軽々しく抜刀できず。


 付け加えれば、咲莉菜はいい年をして、少女趣味である大正ロマンの姿になれる。

 大真面目に。

 それを笑ったら、桜技流の敵となるから注意!


 けれど、彼女たちは口をそろえて、夫である重遠が最強だと言う。


(本当に、そうなのか……)


 愛花莉は、自分が消える直前であることを忘れ、未来の父親となる大学生を見つめた。


 霊圧は、変わらない。


 ただ、赤いランプに照らされた刀身が黒く染まり、その和装も黒になっただけ。


(それだけ!?)


 他の御神刀の解放では、凄まじい霊圧が吹き荒れ、それが収束するか。

 あるいは、巨大な力を示すことで、周りの敵を滅ぼす。


 けれど、愛花莉には何も感じられず。


(やっぱり……)


 自分の男を立てていた。


 お父さんに求められるのは、その血筋の継承と、四大流派のまとめ役だ。


 多国籍軍の空母打撃群を殲滅したとか、色々なエピソードを聞かされた。

 私たちの間でも、その真偽を疑ったものだ。


(本当に最強である必要は――)


 片手で血振りのようにヒュッと振った重遠が、その心情を察したかのように独白する。


「前は『大千だいせん山水画さんすいが』と呼び、周りに別の宇宙を広げていたが……」


 霊圧を感じない重遠が、黒一点で、切っ先を下げたままの両手持ちへ。


「やっぱり、『千陣』が入っていないと! そのままだと千陣流の贔屓ひいきになっちまうから、面倒な話だ」


 重遠は、愛花莉を見下ろした。


「お前……。今、『期待したほどではない』と思っただろ?」


「い、いえ……」


 図星だった愛花莉は、かろうじて否定。


 気にしていない重遠は、ジリジリと迫っていた敵の群れ、その片方に向き直った。


「まあ、俺の強さは他人が勝手に決めることだ……。しかし――」


 ブレたと思えば、習字の一筆書きのように敵の群れが切り裂かれた。


 刀の振りに合わせて、反対側の敵のほうを向く。


「ふっ!」


 息を吐いた直後に、突風。


 愛花莉がそちらを向けば、すでに敵は全滅していた。


 黒い刃を持ったままの重遠は、端的に説明する。


「霊圧を垂れ流しても、意味はねえ! 俺に剣術の流派はなく、この刀で斬るだけのこと……」


(まさか、その霊圧を全て刀身に!?)


 よく見れば、和装の端に黒い波動。


 おそらく、その着ている服を含めて、完全解放なのだろう。


 それにしても――


甚兵衛ジンベエと呼んでいたが、今は千尋だ!」


(ノリで真名を変えないでくださいまし……)


 すると、戻ってきた重遠は黒い刃で床から壁までを切り裂いた。


「まあ、ここで話すのも何だ……。とりあえず、帰るぞ?」


 空間が壊れていき、2人は落ちていく。


 気づけば、元の世界のどこかへ。



 ◇



「疑惑の中心である次元振動研究室へ、K県警の機動隊が突入するようです!」


 テレビ局のリポーターが、興奮した様子で叫んだ。


「すでに本部の刑事2人が入っており、連絡が途絶えたことから、救出するための部隊でもあります」


 ズラリと並んだ、お馴染みの機動隊。


 隊長の命令で、大盾を持った隊員たち、その第一陣が橋頭保を築こうと――


 そのうちの1人が、スタスタと歩み出た。


「おい? 貴様、どこの隊だ!?」


 指揮官がすぐに誰何すいかしたが、バイザーを下ろしたヘルメットで顔は分からず。


 テレビカメラが回っていることで、すぐに動けない。


 いっぽう、不審な隊員は、左腰で握ったような手に、右手を近づけた。


 その間にも、異空間の入口へ歩き続ける。


「官姓名を言え! 査問にかける――」


 一瞬で加速した機動隊員は、抜刀術のような動きをしつつ、叫ぶ。


天破斬撃てんはざんげき!』


 黒い刃が空を切り、その軌跡が大きな黒い刃となって、飛んでいく。


 いや、空間そのものを侵食しているのだ。


 それは、大勢が見守る中で、次元振動研究室から通じている異空間の入口を消し飛ばした。


 リポーターが、自分の感想を述べる。


「な、何が……。あ! さ、先ほどの機動隊員の姿は?」


 もはや怒鳴り声だけの空間で、全員のヘルメットが外されたが、さっきの犯人を探すのは骨が折れそうだ。


 機動隊員の格好をした室矢重遠は、とうに地面へ落ちて、帰った後。

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