第23話学校のプールに浮かぶもの

 好矢見小学校にはプールがあるが、それが使われたのはたった数回、数える程度であった。



 そのたった数回の間に生徒の、プールの授業中の溺死事故と、部外者による謎の溺死事件────これは自殺として処理されたらしい────などがあり、プールの授業は廃止されたものの、簡単に撤去も出来ないので一応防火水槽代わりとしてそのまま置かれていた。



 今では藻が湧いてヘドロ混じりの不気味な水溜りと化していた。



「お、おー・・・中々ふいんきあるじゃん」



 三つほど隣の市からわざわざやって来たのは、数人の高校生くらいの青年達だった。

 彼らの纏う雰囲気は、あまり良いものでは無かった。それもその筈で、彼らは地元でも半グレとつるんでいる予備軍と言っても良い連中であった。



 わざわざ車で乗りつけ、小学校に乗り込んだのは飲酒した勢いでドライブ兼肝試しをする為であった。



 道中も人っ子一人見掛けず、車通りすらもない廃墟同然の町の様子に最初はテンション高く笑っていた彼らも、車から降りる頃には酔いも醒め、町の雰囲気に吞み込まれつつあった。



「え、廃墟、っつーわりにキレイじゃん」



 と、強がりつつ手慣れた様子で小学校の中に乗り込んだ彼らは先ず、プールに向かっていた。



 ”好矢見町の小学校では溺死した女が回収されず浮かび続けている”と言う噂を聞きつけやって来たのだ。



「おー、小学校なんて久しぶりだよな」

「それなW」




 プールの出入り口になるフェンスでドアの前まで来たものの、当然チェーンと鍵が掛かっており、普通には入れない。


 

「どうするよ?」

「しゃあねえなー、よじ登るしかねえべ」



 プールの場所は二階建て程の高さの建物であるが、流石にこの高さを上るのは無理だが、出入口は階段で、緑色の錆止めが塗られた針金フェンスで囲われてあるだけだ。多少の体力と腕力があれば登れる代物だ。



「まあ登れなくもねえか」



 と、言いつつタクヤが真っ先に上った。すると、それに倣うように青年達は次々とフェンスをよじ登ってプールサイドに向かって行った。



「なあんも見えねえじゃん」

「藻で真っ黒じゃん、汚ったねえ~」

「しかも超臭えッ! なあ帰ろうぜ~」



 口々に好き勝手言いながら、プールサイドからプールの水面を懐中電灯であったり携帯のライトを使って照らしていた。



「なあ、何も無えし帰ろうぜ・・・・・・」



 そのうち、何も無いと判断したカケルが言いかけた時、彼らの背後で突然ドポン、と言う鈍い水音が響いた。



「え・・・・・・」

「ナニナニナニナニッ⁉」

「おい、今水音したよなあ⁉」



 慌てた青年達は急いで音がしたと思われる方向に明かりを向けるが、水面には波紋が揺れるばかりで何の姿もそこには無かった。

 しかし、水面が揺れたと言う事は、何か動きがあったと言う事。



 青年達は一気に、背中に冷水を浴びたような寒気に襲われた。



「お、おいおいおいおい・・・マジでヤバくね?」

「急いで出るぞ」



 タクヤの冷静な判断に、誰も逆らわずその場を離れようとしたその時である。



 ザバァ────ッ!



 何かが水面を出た。



「ッ、ギャ────ッ!!」

「見るな見るな見るなッ! 走れ走れ────ッ」



何かがザブザブと水をかき分けながらプールサイドに上がろうとしている。もう、その事実だけで彼らは恐怖して走り出していた。



 背後でベシャリベシャリと何かが這いずるような音がしていたが、彼らの中では不思議とその音のする方向を見る、と言う選択肢が浮かばず兎に角前を向いてフェンスを乗り越えていた。



 ドタバタと走りながら校門近くまで来た時、正面から懐中電灯の明かりを向けられた。眩しさに皆目を眇めたが、と同時に助かったと安堵もした。



「君達、何をしていたんだい?」



 警備員らしき男に咎められたが、そんな事はどうでもいい。



「た、助けてくれ・・・・・・」

「バ、バケモンだッ! プールからバケモンがッ!」



 もう、それで彼らが何をして、何と遭遇したのか分かってしまった。



「・・・ふーん、成程。で、誰かこの中でその”バケモン“とやらの姿を見た人はいますか?」



「え・・・見たか・・・?」

「いや、とりあえず逃げるのに必死で・・・・・・」

「オレも・・・」

「う、うん・・・・・・」



 と、皆一様に首を横に振った。



「本当に? 今ちゃんと名乗り出ないと貴方方、困った事になりますよ」



 顔の左側を前髪で隠した男にそう言われ、しかし皆首を横に振って否定した。



「・・・・・・そうですか、それは残念・・・いや、まあ良かったですね」



 何やら一瞬聞き捨てならないような事を言っていたが、助かった安堵の方が大きかった彼らは聞き流す。



 そして、ふらふらとした足取りで帰って行く彼らを警備員────艶鵺は見送る。



 彼らの背後、そのうちのひとりにプールのバケモンが憑いているのが見えていたが、名乗り出なかったのでそのままにしておいた。



 プールのバケモン────プールに浮かぶ女の死体と呼ばれる妖は、自分を見た者に憑りつき呪い殺すと言う性質があった。



 死んだ時に自分の死体を回収させまいと、警察の捜査すら阻んだ程だ。

 当時どうしてそんな事が起きるのか、とその霊視をしたのは艶鵺である。



 もしかしたらその呪いは連鎖して彼らは全員死ぬ事になるかもしれないが、それはもう、艶鵺の与り知らぬことになってしまった。


 

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