第22話トイレの花子さん
「・・・・・・ハイ、皆さんコンバンハ、廃墟凸BouTube
好矢見小学校の前で携帯片手に、青年は実況を始めた。
「今日はー・・・何とッ! あの有名な”トイレの花子さん”に会いに、とある小学校の前までやって来ましたッ!」
灰音こと、カキザキヨウスケはBouTubeで二年程配信者として活動しているが、登録者が三十人にも満たないまま、三年目を迎えようとしていた。
不定期ながらもライブ配信をしているが、何時も閲覧者はひとりふたりが出たり入ったり。コメントに至ってはゼロだったり一言あれば良い方だった。
そう言う状況だから、焦ったヨウスケは起死回生或いは一発逆転を狙って無茶な配信をこの所繰り返していた。
「ではでは・・・・・・侵入開始しまーす」
小学校の鉄製門扉を、慣れた調子でよじ登ると校舎に向かって歩き出す。
コメントに、『通報しますた』が流れたがヨウスケは無視した。こんなのはお約束、様式美、ってやつだとヨウスケは思っている。
こんなコメントが流れても、本当に通報された事が無いからだ。
しかし少しするとえ、もしかしてマジで好矢見町の小学校に行ってんの、とか。
ヤベエ、死んだわコイツ、などのコメントが流れ始めた。
矢張りSNSで告知した事が効いたのだと、ヨウスケは喜んだ。彼は自身のSNSアカウントにてとある廃墟群がある事で有名な市のとある町の小学校に侵入して、トイレの花子さんに会いに行く、と事前に告知していたのだ。
え、うわ・・・ッ、今まで見たコトないくらいの閲覧数じゃん・・・・・・ッ!
何時もはひとりふたりが見てくれていたらラッキーくらいだったのに、何時の間にか数百人を超える閲覧数になっていた。勿論、人数はリアルタイムに更新され、確実に増えている。
コメントも流れて来るがやや荒れ気味だ。
大半が通報しました、や不法侵入だぞ引き返せ、などある意味警告してくれているコメントばかりだった。
「ハイハイ、校舎の中に入りましたよ~~~」
何故か本校舎に入る入り口が施錠されておらず、すんなり入れた事に疑問にも思わずヨウスケは校舎へと侵入した。
何時もであれば深夜であれ運動場で遊んでいる筈のモノもおらず、不思議と静かな小学校。
「ふーん、思ってたよりキレイじゃん」
現役で使われているのだから荒れていないのは当たり前なのだが、ヨウスケは懐中電灯片手に廊下をスタスタ歩いていた。
「えー、っと・・・確か一階の一番奥・・・・・・」
そこそこの広さがある校舎を職員室、一年生の教室、と通り過ぎて角を曲がる。
「うぇっ⁉」
角を曲がりきったヨウスケは思わず立ち止まった。
いきなり、校舎の雰囲気ががらりと変わったからだ。
つい先ほど迄歩いていたのはリノリウムの床にアルミの窓枠の廊下が続く近代的で、平均的な小学校の廊下であったと言うのに今、目の前に広がっているのは板張りの廊下、そして木造の窓枠、とまるで昔々の学校である。
「お・・・え・・・っと」
きょろきょろと辺りを見渡すと、ヨウスケの後ろも同じく様変わりしていた。
慌てて携帯を見ればWi-Fiも、LTE表示も消えている。当たり前だが、そのせいでライブの通信は切断されてしまったようだ。
「ウ、ウソだろ⁉ どうしょうオレどこに来ちゃったんだよ?」
どうしよう、と廊下を行ったり来たりするが元の世界に戻る様子は無い。
半泣きでオロオロしていると、突如クスクスと忍び笑う声がヨウスケの隣で聞こえた。
「ぅひぃっ・・・!」
小さく悲鳴を上げたヨウスケは、笑い声が聞こえたのとは反対側へ飛び退ってそのまま転んだ。
笑い声が聞こえた方向にあったのは、トイレの出入り口であった。
「は、ト・・・トイレ?」
混乱してもはや自身の目的を忘れ去ってしまっていたヨウスケは、何となくトイレの個室と手洗い場がうっすら分かる程度のほぼ真っ暗な女子トイレの前に立っていた。
うふ、うふふふ・・・ふふっ、んふっ・・・くくくッ・・・・・・。
「だれッ! 誰だよッ!」
此方を小馬鹿にするような笑い声に、切れ気味な声でそう言った時、トイレの個室がぎぃ・・・と開いた。
そして現れたのは沢山の手、手、手・・・・・・。
暗がりの中でも白く浮かぶ細く小さな沢山の手が、個室の何処に納まっていたのか、と言う勢いでしゅるしゅると這い出してきた。
そしてその手はヨウスケに向かって一斉に伸びてきて、彼を引き摺り込まんとして頭や腕、Tシャツにデニムのズボンを引っ掴む。
「い、イヤだーッ!! 助けて助けてたすけ────ッ!!」
バタン────ッ!!
ヨウスケを引き摺り込むと個室のドアは閉じられ、その後は物音ひとつ、聞こえなくなった。
それから数十分後────。コツコツと、リノリウムの床を歩く革靴の音が小学校の廊下に響く。
「・・・・・・あーあ、もう」
物憂げな、男の声音が嘆息混じりに呟いた。
BouTubeの視聴者から好矢見小学校へ侵入したらしい男がいる、と警察に通報があった為その件で一足先に艶鵺が駆け付けたのだが・・・・・・。
一階の、一番奥の教室の手前にある女子トイレ、その個室の三番目。
が、キィ────。と小さく音を立て、ドアが開く。ドアの中で、洋式便器にぎちぎちに詰め込まれた男の遺体があった。
「・・・もしもし、蘆屋です」
艶鵺は警察に電話を掛けた。
「ええ、今見回りましたが誰も居ませんでしたよ」
どうせ一晩経てばこの遺体は血の一筋も残さず跡形も無く消え失せるのだ。警察を呼ぶだけ無駄、というやつだ。それに今呼ぶと、警察官にも危険が及ぶ。
電話の向こうの警察も、そこは弁え、理解している。
だから、艶鵺が居ないと言えば、誰も居ないのである。
此処は、そう言う場所なのだ。
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