第27話
岡田から声がかかったので、大阪市北区の天満にある造幣局の「通り抜け」で一週間ほど得意の「たこ焼き」を売った。
この期間、大川沿いは桜の見物客で一日中ごった返すので、たこ焼きは驚異的に売れた。
大阪は地元なので岡田が段取りした露店は何十もあったようで、彼は毎日寝る暇もない様子だった。
その「通り抜け」が終わって桜の季節も過ぎてしまうとテキ屋の仕事は一息つく。
地方から関西に出てきているテキ屋衆はいったん地元に帰る者もいる。
次の繁忙期は夏祭りの季節となる。
四月末のいわゆるゴールデンウイーク前に優里が京都へやって来た。
僕は「通り抜け」が終わってから、岡田から次のバイの先を指示されている滋賀県草津市の「草津宿場まつり」まで数日仕事が空いていた。
ゴールデンウイークに入れば、大阪の「中之島祭り」などでまたバイをすることになっていたので、優里と会うにはちょうど都合がよかった。
「こんな風に続けて会うのは初めてね」と優里は会っていきなり言った。
「えっ、そうだったかな。いや違うよ。最初に僕が優里の工場を訪ねて行って、その十日ほどあとにもう一度会いに行ったことがあるよ」
「あっ、そうだったね。あのとき浩一さん、十日ほどの間に二度も来てくれて、今思うとすごく情熱的だったわね。なんだか遠い日のような気がするわ」
最初に優里の勤めていた紡績工場を訪ねた日から、もう一年八ヶ月も経つ。
文通していた期間と合わせると、僕たちは三年近くも交際していることになる。
「頻繁に会えないからいつも僕は新鮮だよ。だから情熱が薄れるなんてことはないんだ」
「私、もっと浩一さんと会いたいわ。でも私たち離れているからこうして続いているのかもしれないわね。
私の友達なんかは三ヶ月や半年で彼と別れて、次の彼ができたと思ったらまた直ぐ別れてしまったりするのよ」
優里の言うことは分かる。
離れているから僕たちはいつも会うたびに新鮮な気持のような気がする。
でも優里、それは違うと思うよ。距離はふたりの気持を揺るがす要因でもあるんだ。
少なくとも僕はそれによって君を欺いている、と僕は心でつぶやいた。
僕たちはいつもそうするように市電に乗って四条河原町まで出て、四条大橋から鴨川を眺めた。
京都も桜の季節はほぼ終わりを告げ、ゴールデンウイークまで次の観光客を待っていた。
鴨川のほとりには若いカップルが一定の間隔で座っていて変わらぬ光景が見えた。
「今日は帰らないといけないんだよね」
僕は橋の欄干に腕をついて、遠くの北山の景色を眺めながら言った。
優里は会うたびに綺麗になっていた。
優里の身体だけを求めているわけではもちろんないのだが、限られた時間の中で優里を抱きたいと焦るような気持ちが生まれるのだ。
それを僕は恥ずかしいと感じたが、どうしようもなかった。
好きだから抱きたくなるのだと自分に言い訳をした。
「ごめんなさい、明日は仕事だから・・・。でもゴールデンウイークを過ぎれば露店の仕事も落ち着くんでしょ。そしたらゆっくり京都に来るから」
「いや、優里がなぜあやまるんだ。僕の都合に合わせて来てくれているのだから、僕の方が気遣わなければいけないんだよ。
そうだね、五月半ばになれば落ち着くと思う。大学は残念ながらもう一度二年生なので去年までのようには忙しくないからね」
僕たちも鴨川の川原に降りて四条から三条大橋の下まで少しだけ歩いた。
「少しだけでも抱きたいんだ、駄目かな」
「どうして駄目かなって訊くの。私も抱いて欲しいわ」
少し恥ずかしそうな表情で優里は答えた。
三条大橋の川原から上がり、前に泊まったことがあるラブホテルに僕らは入った。
ふたりが過ごせる時間は限られている。僕たちはすぐに裸になって抱き合った。
優里はひとつになると、僕の身体にしがみつくようにして震えた。
僕たちはセックスの技法など知らなかった。
でも身体をひとつにしてじっと抱き合っているだけでこれ以上の幸せはないと思った。
つかの間の幸せだった。
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