第21話 その真価を示す
マヤの、相変わらず欲望に正直すぎる煽りによって、どうやら傭兵達と模擬戦をすることになってしまったユージンは、深々と溜息をついていた。
「ほらほら準備を整えろよ。俺らが束になってもかなわねぇんだろ?」
中肉中背の、二十歳前後の青年だった。
顔立ちにはまだ幾ばくかのあどけなさを残してはいるが、シャツから見えている二の腕は、傭兵らしくよく鍛えられていた。
携えた一本の槍を扱う姿は様になっていたが、どうやらユージンはかなり侮られているらしく、構えは隙だらけだ。
穂先にも革の鞘をつけてあり、殺し合いをするつもりはないようだが殴られれば大けがは免れない。
ユージンはやるともやらないとも答えていないのだが、他の傭兵達はさっさと中庭の壁際まで退き中央にスペースを作っていた。
「……面倒臭い」
ユージンはもう一度、深々と溜息をつく。
「あ、あの……」
いつの間にかユージンの傍にやってきていたヒルデガルトが声をかけてくる。
「申し訳ありません、巻き込んでしまって……」
気遣わしげに、上目遣いに尋ねてくる元女王。
その姿はごく当たり前の十代の少女にしか見えず、ユージンが抱いていた貴族の姿とはかけ離れていた。
「ほんと、調子狂うな……。王族なんて身勝手な奴ばかりだと思ってたのに」
そう言うと、ヒルデガルトは恐縮して身を縮めるばかりだった。
「……まぁ、こうなったら仕方がない。あんたが悪いわけじゃないから、気にするな」
ユージンはレヴェンナを見る。
「俺のナイフは?」
「助かるわね」
「別に、あんたを助けるためにやるわけじゃない」
レヴェンナは鞘に収まったままのミストルティンを取り出すと、ユージンに差し出した。
「ぬふふ、うふ、にゅふふふふ」
そしてマヤが、これ以上ないほど薄気味悪い笑みを漏らした。
「……こいつ、気持ち悪いから、どっかの部屋に閉じ込めてくれると助かるんだが?」
「気持ちはわかるけど、こればかりはねぇ」
諦めが肝心よ、とレヴェンナは苦笑した。
「はぁ、わかったよ」
そう言って、今やリングと化した中庭の中央にゆっくりと進み出た。ここまでかたくなに自分の力を隠してきたが、目的地がわかった今、方針を変更する。
(ここからはシンプルにいこう)
ユージンは受け取ったナイフの鞘をベルトに固定する。たった半日ほどだが、戻ってきた重みは懐かしさすら感じさせた。
「試合開始の合図はどうする?」
傭兵がそう言った。
侮りからの余裕だろう。
先手は譲ってやるとでも言うつもりらしい。
「そっちからどうぞ。ちなみに、あんた名前は?」
「はん、名前聞いてどうすんだよ! 仲良くお友達になりましょってか?」
言うが早いか、傭兵は走り出した。
走り寄ると同時に長槍を振るう。
粗野な見た目とは違い、足と腕腰の動きが連動した、流麗な斬撃だ。
「おわっ」
対してユージンは、素人丸出しの動きで慌ててそれを避けた。
長槍は空を切る――かに思われた直後、刃先に火炎が生じる。しかもそれは、指向性を持って逃げたユージンの方向に襲いかかったのだ。
「ユージン様っ!?」
ヒルデガルトの悲鳴が上がる。
しかしユージンは、辛うじてその一撃を回避していた。
「なるほどね……」
傭兵が携えた槍は、どうやらこれ自体が星の杖であるらしい。
武器型の杖は珍しいが時折見かける。生み出した人間が、元々槍を使った競技に親しんででもいたのだろう。
傭兵のスタイルは、基本的な槍術に魔法の火力を上乗せするもののようだ。
今の攻撃は爆発だったが、容量が足りるなら他の属性や補助魔法を乗せてくるかもしれない。
外見に似合わず手堅い戦い方のようだった。
一方で、こちらはといえば、名前を聞いて検索してそれで終わらせようと思ったのだが少々予定が狂った。
ユージンの権限は便利だが、デジタル技術に近いので、「目の前にいるこいつ」という方法で検索はできない。
あくまで有効なデータを提示しなければ反応してくれないのだ。
(やれやれ、面倒くさい)
軽く溜息をつくユージンに対して、相手は意気揚々と攻め続ける。
「ほらほら、思い切り手加減してやるけどな、気ぃ抜いてっと大怪我すんぞ!」
言いながら、傭兵は次々と攻撃を繰り出す。
鋭い斬撃に、突きは言葉通り手加減してくれているらしく、起用に反転させ穂先とは反対側の石突きで突いてくる。
「おっと、危ない」
「ふざけてるんじゃねぇっつーの!」
常に逃げに徹していれば、なかなか当たるものではない。
焦れて大ぶりになっていく傭兵を観察しながら、
(……仕方ない、この場合はあれかな)
と冷静に状況を判断していた。
「システム起動。思考会話モード」
小声でナイフに命令を下す。
『命令受諾。こんにちは、マスター。ご用件をお伺いします』
ユージンの意識中に、ナイフからの応答がある。これ以降、思考内でミストルティンとの会話が可能となる。
(周辺検索。火魔法)
『命令受諾。周辺検索。該当件数は一〇。追加条件を入力してください』
(多いな……)
セフィロトが端末を検索する方法はいくつか存在する。
一番強力でわかりやすいのは登録者名での検索だ。同姓同名でもいない限りは確実にヒットする。
だがのんきに相手の名前を問う余裕がなかったり、相手が偽名を使っていたりしていた場合は端末にインストールされている魔法でも検索が可能だ。
だが、たとえば元の世界で周囲のスマホを検索できるとする。手がかりにするのはインストールしているアプリ。
地図のアプリを使っている人を探し当てようとしたとして、同じ機能を持ったアプリは複数のメーカーからリリースされているだろう。
だから「地図アプリ」だけで特定の端末をヒットさせるのは不可能だ。
今の場合、目の前の傭兵が火の魔法を使っているらしいことは見て取れるが、それだけでは複数の火魔法使いがいる場合、特定できないのだ。
「逃げるなこらっ!」
振るわれる長槍を避けながら、傭兵が使用する魔法の特徴に注目する。
その色、形、威力、範囲、細かな情報を集めた結果、ユージンはそれが以前見たことがある魔法であると判断した。
「てめぇ、武器ぐらい抜きやがれ!」
その態度をおちょくっているとでも思ったのか、傭兵は猛然と斬りかかってくる。何度目かの空振り。
「さて、やるか」
追撃で魔法を使ってくる――そのはずだったが、火炎は生じなかった。
それどころか地面の土や小石が盛り上がると、それらは一斉に槍の穂先に張り付いていったのだ。
「お、新技かっ!?」
見物している男たちからどよめきが起こる。しかし――、
「な、なんだこりゃ!?」
魔法の使用者であるはずの傭兵の方が驚きの声を上げることになるのだ。
そうしている間にも槍に張り付く土砂は増え続け、今や成人男性の体積ほどもある物体が槍にへばりついて離れなくなっていた。
当然、こうなれば保持し続けることすら難しく、傭兵は思わず自分の得物を取り落としてしまっていた。
傭兵の手を離れても、槍が起動した魔法は止まらずなおも土砂をかき集め続ける。周囲には大きく穴が穿たれ、完全に槍を覆い尽くしてもまだ動き続けていた。
「このぐらいで満足したか?」
「え、あ、おお……」
勝ち負けなど吹き飛ぶほどの異常な事態を前にして、傭兵は呆然と立ち尽くしていた。ユージンは土砂の塊となった傭兵の槍に近づいて無造作に触れる。
それだけで、集まった土砂はバサリと音を立てて崩れ、あとには傷一つついていない
傭兵の槍が横たわっているだけとなった。
歓声も、怒声もない。
ただ沈黙だけが場に満ちる。
傭兵は自分の愛槍を拾い上げることすらできず、その場に釘付けになっていた。
「結局、ユージンさんなにをやったんですか!? 私にはわからなかったですよ! 説明! 説明を求む!」
そんな中で、マヤだけが変わらぬマイペースでユージンにまとわりついてくる。
「別になにもやっちゃいない。しつこい、黙れ、触るな」
適当にあしらって他の傭兵達を振り返った。
「次は?」
しかし、おそらく数々の修羅場をくぐってきたであろう男達は、まるで化け物を見るような目で遠巻きに見守るだけで、誰も言葉すら発しようとはしなくなっていた。
「やれやれ」
軽く溜息をもらして、ユージンはレヴェンナの元に戻った。
「これで文句はないな」
一緒に観戦していたグスタフに声をかけると、さすがの彼も困惑を隠せない様子だったが「あ、ああ」と頷いた。
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