第20話 集められた者達
ユージンが連行されてきた屋敷、ルティキア別邸は元々王家が持つ別荘の一つであったらしい。
やってくるとき外から見た壁がやたらと頑丈そうだったのも、単に裕福だからではなく警護の必要性があったからなのだろう。
かつては国中から要人を招き、パーティを開くこともあったという別邸は、個人が所有するものとは思えないほどの広大な敷地を有していた。
中にはゲストが宿泊するための別棟がいくつも建ち並び、それぞれ渡り廊下でつながっている。
今では、国境に近い立地で
奸計により失脚させられても、そこは元国家元首というべきか、扱いは一般人からすれば丁重なもてなしを受けているように豪華なものだ。
あるいはこういう状態を飼い殺しというのか。
「あるところにはあるもんだな……」
外に面した廊下を歩きながら、シェルの街の雑然とした様子と比較して、そんな感想が漏れてくる。
「裏手にある、従者用の宿舎もかなりのものよ」
先導するレヴェンナが自慢げにそう言った。
「要人を招くからには、それが引き連れてくる警護や侍女なんかも泊める必要があるんだろうけど……」
見れば、ヒルデガルト達が寝起きしている本館と、渡り廊下でつながっている別棟のようだ。
本館が、訪れた人間の目を楽しませる意味でも凝った造りになっているのに対して、裏手にある宿舎は実用一辺倒でシンプルな外見をしていた。
間に何本も樹を植えて本館からは見えづらくしているところなどから見ても、その扱いは徹底している。
「どう考えても、もう使ってないだろ?」
「ふふふ、それはどうでしょう」
そう言いながら、レヴェンナは先を歩き続ける。
同行者は、レヴェンナを先頭にユージン、マヤ、そしてヒルデガルトとマリアベルまで一緒だ。
見せたいものがあると言われこうして歩き続けているのだが、これが個人の邸宅とは思えない距離を歩かされており、元の世界から自転車の一台でも持ち込みたくなるような状況だった。
◆◆◆
植樹された小さな林を抜け、従者用の宿舎へと近づいてくると、無人だと思っていたその施設には多くの人の気配があることに気がついた。
宿舎の前にも、おそらくは荷物などを運び入れる荷馬車のためのものだろう広場が設けてある。
そこには今、王家別邸という格式を問われる場からすれば異色とも言えるような、むさ苦しい男達が集まっていた。
言うまでもなく、ユージンと一緒にここまで運ばれてきた男達だが、その数は護送車で見たものよりも明らかに多くなっている。
「これが、私が集めた私兵よ」
レヴェンナが自慢げに説明する。
護送車では丸腰だった男達は、どこから持ち込んだのか今や真新しい武器と防具で身を固めていた。
「個人でこれだけの人数をかき集めたのは驚くが、これで一国の軍隊とやり合うつもりか?」
素朴な疑問を口にした。
レヴェンナはヒルデガルトを旗印にしてランドールから王位を奪い返そうとしている。
それは理解したが、具体的な手順はまだ教えてもらっていない。
(正直に言えば、関わり合いになりたくないんだけどな……)
先程の会話で、どうやらエスターシアでの目的地が聖殿と呼ばれる遺跡であることがわかってきた以上、ユージンはさっさとそちらに向かいたいところだ。
進んで協力する気もないが、ここまでレヴェンナの手札を見てしまった以上、「じゃあ、これで!」と立ち去ることは許されないだろう。
(となると、こいつらが何を考えているかぐらいは知っとかないとな)
ユージンの思惑を理解しているかのかどうか、レヴェンナは満足げに頷いた。
「安心なさい。それが無茶だということぐらい理解しているわよ」
「だったら、どうするの? 私兵がいるってことは、どこかに攻め込むってことでしょ?」
どこまで踏み込むか悩んでいたところ、マヤが遠慮なく質問した。
「攻め込むというのは少し違うわね。なにせ目的地は無人だから」
「無人? ……もしかして」
ユージンの反応を見て、レヴェンナは笑みを深めた。
「あら、目的地の見当がついたのかしら?」
「あんたらの目的地も聖殿、か?」
「ご賢察ね」
ヒルデガルトの姉、マリアベルが今の体になったのも聖殿。
ユージンの目的地も聖殿。
そして具体的な手法はまだ謎のままだが、レヴェンナがこの国を取り返すために赴く場所も聖殿。
「…………いいのか? 今更だが、ペラペラとあれこれ部外者に喋ってしまっても」
偶然なのか必然なのか、すべてが聖殿と呼ばれる場所に集まっている。
(これで、急いでここを離れる必要はなくなったわけだが……)
さりとて、どう考えても面倒ごとだ。
「本当ならよくはないのでしょうけど、理由は二つあって、一つは私達は明日すぐに行動に移すからあなたが他人に密告しようとしてもその時間的余裕はないの」
「よくわからないが、あんたの口ぶりだと、聖殿に到着しさえすれば王座を奪い返せると言っているように聞こえるな」
「ええ、そうよ」
あまりにあっさりと言い切るレヴェンナが意外に思えた。
決して長い付き合いではないが、少なくとも彼女は理性的な人間に見える。普通に考えれば遺跡の一つや二つを占拠したところで王座を奪い返せるはずもないと思うのだが、彼女にはユージンが知らない要素を知っているということだろうか。
「ヒルデが失脚したそもそものきっかけは、聖殿で行う王位継承のための儀式だった――」
四年前。
先代国王である彼女の父親が夭逝し、一二歳になったばかりのヒルデガルトが王位を継承することとなった。
彼女自身が言っていた通り、聖殿で星の杖を用い、魔力を捧げて自らに正統な継承権があることを証明するという。
彼女は魔法が使えない。
その問題を知っていた人間は、別の人間を使って魔力の代行をさせようとしたそうだ。ところが伯父のランドールが裏切り、国中にヒルデガルトの真実を暴露されてしまった。
「どうやって国中に……」
「それについては、儀式のことを細かく説明しないといけないんだけど、そういうものだと理解してもらえるとありがたいわね」
「……わかった。必要が出てきたらまた教えてくれ。つまり、聖殿で儀式をやり直すということか」
「ええ、そう。ランドールが裏で画策した証拠はいくつか押さえてあるから、ヒルデガルトが儀式さえ完了できれば、全部彼に押しつけて状況を逆転してやるわ」
相変わらず原因不明の理由でヒルデガルトの杖は沈黙したままだが、これはマヤが影武者となって、代わりに魔力を注ぐ予定なのだ。
「ただ、一度手ひどくこき下ろした女王を、本当に儀式の一つや二つ成功させたところで国民が手の平を返すものなのか?」
「外から来た人にはそう見えるかもね。でも、エスターシアは閉鎖的で、保守的な国よ」
シェルの街は外の国との窓口だった。
それでも魔法が使えないだけであれだけの偏見が平然とまかり通っていた。レヴェンナの言葉でその光景を思い出す。
「逆に言えば、ヒルデが奇跡を見せればそれだけで簡単に揺さぶられるものなのよ」
レヴェンナの視点は冷静で、ともすれば元の世界の人間と会話しているような気分になってくる。
「あんた、わりと異質な考え方をしているんだな」
「否定はしないわね。その上でランドールにあることないこと被ってもらって、国民に自分達が『騙されて』本来忠誠を尽くすはずだった女王を裏切ったという後ろめたさを植え付けるの」
「……あくどいな」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」
私兵の正体は、国外の傭兵団らしい。
彼らなら、魔法がどうこうという、信仰心に近いこの国独自の考え方に左右されないということか。
(相変わらず、どうして儀式の結果が国中に伝わるかはわからんが……)
ユージンからすれば、結果がどうあれ、それで国民の意見が一変する理由も疑問のままだ。
ただ、レヴェンナの様子を見れば、そのあたりにも何か理由があるらしい。
「よくここまで準備ができたもんだな」
「どういうことです?」
マヤが不思議そうにしている。
「……ランドールだったか? 現状で国を支配しているなら、明確な反逆なんて普通は見逃さないだろ?」
「おぉ、ユージンさん、意外に頭がいい人ですか!?」
「意外に、は余計だ。別に、頭が悪くたって気づく」
「それは、私もヒルデにとっては敵対者だと思われているからよ」
「敵なのか?」
利用しているようには見えるが、同時にヒルデガルトを保護しているようにも見える。
「ランドールからはそう見えてるらしいわね。このルティキア別邸でヒルデは幽閉状態なんだけど、私はその見張り役ってわけ」
「お目付役が実はグルだったってことか」
「そういうこと。私のメルガロジア家は元々、王家に対して反抗的でね、だからヒルデが失脚した際に見張り役を仰せつかったの」
「仲は悪くないように見えるけど?」
「私個人はね」
「レヴェンナは社交的で、いろんな人と友達になっているんですよね」
自慢げにマヤがそういう。
「確かに、お前みたいなのと友達になれるなら、誰と友達でも不思議じゃないか」
「ひどい」
「ひどくねぇよ。案内人のくせに、自分の欲望のために俺を売り飛ばしやがって。絶対忘れないからな」
「もう、ユージンさんってば、そんなに執念深いともてませんよ」
「お前にもてなくても全然問題ないから気にするな!」
――と、一歩下がったまま、こちらの会話を大人しく聞いているヒルデガルトの視線に気づく。
「つまり、あんたは一人でこれだけの男達を食っちゃったと思われているわけか……」
ヒルデガルトの、清楚で慎ましげな外見とのギャップに思わず呟く。
最初、急に話しかけられて驚いた様子だった彼女は、何を言われたのかもわからなかったらしく、たっぷりと沈黙して考え込んだあと、
「く、食っちゃ――!? 言い方というものがあるのではありませんか!」
耳まで真っ赤になって抗議する。
「いい考えでしょ? ランドールがこの子の評判を落とすためにばらまいたデマを逆に利用してやったのよ」
いたずらっぽい表情になったレヴェンナが少し砕けた笑顔を見せた。
「レヴェンナ、やはりこんなはしたない嘘を利用するというのは……」
「仕方ないでしょ? 我慢我慢」
「うぅ……。は、恥ずかしいのですが……」
渋るヒルデガルトをレヴェンナがたしなめる。女子高生同士のじゃれ合いだ。二人の関係性は良好なようである。
「でもあなた、この子は女王だというのに、遠慮がないわね」
レヴェンナが面白そうに指摘する。
「そうか? まあ、俺の王様じゃないから……。やっぱり俺も改まった言葉遣いをするべきか?」
「い、いえ、ユージン様はご協力いただいているわけですし、わたくしも今は女王ではありません。お気になさらず」
そう言う二人のやりとりを、すぐそばでマリアベルがたたずんで見上げている。
「仲良し?」
「別にそういうわけじゃない」
「私もいますよ~」
「お前は知らん」
「うぅ、酷い扱いです」
とりあえず、マヤの抗議を蹴っておく。とはいえ空気はなごんでいた。
「談笑中、失礼しますぜ」
現れたのは傭兵団をとりまとめている男だった。護送車内で、ユージンに話しかけてきた男である。
「あんた、傭兵だったのか……」
「まぁな。……俺はグスタフ。見ての通り傭兵団の団長なんてもんをやってる」
通りで堅気に見えないはずだ。
グスタフは名乗るだけ名乗ると、レヴェンナに向き直る。
「野郎共の準備は終了しましたが、ちょいと疑問がありやしてね」
「いいでしょう。出発は明日。その前に疑問は解消しておくべきですからね」
国家の重要な施設に攻め入ろうというのだ。
ここからはかなり厳しい状況が続くかもしれない。
のんびりしていられるのはここが最後だろう。
「依頼主のお嬢様、元女王陛下とそのご姉妹、魔法の専門家のその姉さんはいいとして、この兄さんはなにができるんです? 見るところ、お身内ってわけでもなさそうだ」
グスタフはユージンを指さしてそういった。
「兄さんに恨みはないけどよ、俺らは体を張って依頼を全うするんで、同じ依頼料を受け取るならそのへんはっきりしときたくてね」
見れば、他の傭兵達もさりげなくこちらを見ているようだ。
「いや、俺は、別に金をもらうわけじゃないから気にしないでくれ」
正直、傭兵と同等の肉体労働を期待されるとさすがに困る。
ユージンは探し物を見つけられればそれでいいだけなので、金銭を要求するつもりはないのだ。
しかし、グスタフは納得しない。
「それはそれで困るな。金を受け取らない奴は安心できない」
「責任を負わないからってことか?」
「まぁな。俺らの業界じゃ、謙虚すぎる奴は警戒される」
傭兵の矜持というやつらしい。
確かに騎士や兵士とは違って、彼らに忠誠心はない。報酬だけで結ばれた関係である以上、その主張にも納得はできた。
「団長、そういうのはわかりやすくやりゃいいんすよ! そんなひょろっこい奴、大して役に立たないに決まってるしな」
傭兵の中で、一際気が強そうな男がそう言って嘲笑した。大部分、同じようなことを考えているのか傭兵達の中から失笑が漏れ聞こえてくる。
「なんたる失礼! ユージンさん、こうなったらこいつらまとめてやっちゃってください! 古代魔法ならイチコロですよ!」
マヤが余計なひと言を発し、傭兵たちの顔つきが変わり、空気が殺気を帯びていく。
「このバカ……」
女じゃなかったらぶん殴ってたところだとユージンは深々溜息をつく。
おそらく、ユージンが手の内をまるで見せないため、そうせざるをえない場面に無理矢理追い込むつもりだろう。
「にへへ、ユージンさん、がんばです」
「私としては、模擬戦代わりに傭兵の実力を見られると助かるのは助かるわね。申し訳ないけど……」
ちゃんと報酬は用意するわよ、とレヴェンナからも言われてしまう。
傭兵たちはユージンが返答する前にもうやることになってしまっているらしく、代表として先ほどの一番血の気が多い傭兵が自分の荷物を紐解き愛用の武器を取り出していた。
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