第19話 姉、現れる
謂われのない悪評を立てられ、魔法が使えないという事実によって王座から引きずり下ろされたヒルデガルト。
簒奪した人間から王位を取り戻すという話をしていたはずだが、肝心の王位を狙っているのはヒルデガルトではなく、その傍に控えているレヴェンナだと言われ戸惑いを覚えてしまう。
「それは、わたくし自身、王座に興味を持っていないからなのです」
先ほどからの、控えめな言動を見ていれば何となく納得できるところはある。ただ、それならそれで不思議も残る。
言うまでもなく、それが正統な権利だったとしても、王位を奪い返そうとする行動には相当な危険がつきまとうだろう。
まんまと国を掌握したランドールは、当然のことながらヒルデガルト達の動きを大人しく見守っているはずもない。
最悪、ヒルデガルトを抹殺することさえあり得るだろう。
こうして幽閉ですんでいるのは、女王が引きずり下ろされてすぐに命を失えば暗殺を疑われる。
掌握しきっていない国内情勢をさらに不安定にしないためにも、こうして命だけは奪わないという手法はあり得るものだ。
(となると、何か危険を冒すだけの理由があるはずだが……)
平穏を望むのであれば、大人しくしていればいい。
王座に興味はないというのであれば、レヴェンナに協力する理由があるはずである。加えて、レヴェンナが横から王座を狙うにしても、どういう理屈で自らが王座に着くのか。
少なくとも周囲を納得させるのか、疑問はあれこれ尽きない。
「つまり、君は自分が王位に返り咲くつもりはない。レヴェンナだったか? ――そっちは、自分が玉座に座りたい。元女王は、王位奪還の旗印にはしたいが、万が一を考えて、本当に魔法の力を取り戻すのは都合が悪いってわけか……」
「私達の意見が一致しているのは、ランドールにこの国は任せておけないというところね」
「よほどの無能なのか?」
「政策能力は平凡かしら……。でもそれ以前の問題なのよ」
「というと?」
「彼は、まともに国を治める気なんてないの」
「でも、ランドールっていったら、確か入り婿で、女王様の叔母の配偶者ですよね? 結構待遇はいいはずでは?」
レヴェンナの説明にマヤが不思議そうに口を挟む。
「この国の法律では、ランドールに王位継承権は発生しない。それが不服だったらしいのよ」
「……けど、目的の王位を簒奪したんだろ?」
それをわざわざ他国に売り渡す理由がわからない。そんなユージンの疑問に、レヴェンナは小さく肩をすくめる。
「エスターシアにはとても危険な遺産が眠っている……。王は代々その存在を隠し通さなければならないとされていたのよ」
レヴェンナは声のトーンを落としながらそう言った。
「危険な、遺産……?」
「わくわくする響きですね!」
「お前は黙ってろ」
「えぇ!? 仲間はずれは嫌ですよぉ」
ユージンの肩を、つんつん、と突いて茶目っ気を見せるマヤの頬を手で押しのける。
「ぶぇ」
「……とにかく、それが長らくエスターシアが鎖国を続けていた理由ね。代々国王は、秘密を隠しながら、それを守ってきた。ランドールは自分が選ばれなかった腹いせと、そうした面倒を丸投げにしたくて、秘密を手土産にして他国に降るつもりなのよ」
「それってつまり、この国が他国に併合されるってこと?」
「ええ、自分と取り巻きの地位だけは保証させる約束でね」
よくある話だ。
「おそらく、属国になったのち、エスターシアの国民は奴隷のような扱いに転落してしまう。そんな計画を見過ごすわけにはいかないのよね」
自分を認めなかった国、そして国民への復讐が目的といったところか。
「なるほど……」
危険な遺産の正体や、その情報をどこから手に入れたのか、細かい疑問は残っているが、ひとまず彼女たちの目的についてはおおかた飲み込めた。
「じゃあ、俺をこんなところまで引っ張ってきたのはどんな目的が?」
「それは、わたくしから……。あの、ユージン様、マヤ様からあなたが古代魔法の使い手だとお伺いいたしました」
「……このバカの言うことは、真に受けない方がいい」
「酷い~」
「では、ユージン様は古代魔法をお使いにならないのですか?」
「違いますよ! 私、見ました! この人、星の杖を復活させたんです! すごいんですよ!」
「うるさい、黙れ」
案内人のくせに依頼主を売ったマヤなどどんな扱いをしても構わないが、ヒルデガルトは事前に聞いていた酷い人物像からかけ離れた、いかにも育ちがよさそうなお嬢様である。
こういう少女から期待のこもった目を向けられると弱い。
「さてね。……方々渡り歩いて、ちょっとばかり変わった知識を持ってるだけだと思うけどな。そっちこそ、そんな与太話を信じているのか?」
いずれにしても、自分が持つ星の杖を復旧させる以外で、どんな目的があるのかそこは聞いておかないと座りが悪い。
「ヒルデ、腹の探り合いをしていても仕方ないわ。……マリア、入ってきてちょうだい」
二人のやりとりがまどろっこしかったのか、レヴェンナは勝手に話を進め、部屋の外――ヒルデガルトが入室した側の扉に向かって声をかけた。
――きぃ。
控えめな音を立てて開いた扉から、一人の少女が姿を見せる。
銀色の髪や、気品のある顔立ちなど、どことなくヒルデガルトと共通する雰囲気を感じさせた。
年齢は、だいたい五歳ぐらいだろうか。
身の丈に合わない扉をやや苦労して押し開けた彼女は、するりと部屋に入り、少し眠そうな眼差しでユージンを真っ直ぐ見ていた。
「彼女はマリアベル。マリアベル・レネクト・カルノ・エスターシア」
「エスターシア……? 女王様の妹かなにかか?」
ヒルデガルトの家族構成はよく知らないが、名前と年齢からすればその可能性が高そうだ。
しかし、ヒルデガルトは静かに首を横に振る。
「わたくしの……姉です」
「は…………?」
ユージンは間の抜けた声を出し、ヒルデガルトとマリアベルの顔を交互に見比べる。
確かに顔立ちはよく似ていた。
だから姉妹だと言われても違和感はない。ただ、どう見ても幼児にしか見えないマリアベルが「姉」だと言われるとさすがに納得できかねるものがあった。
「わたくしが、古代魔法という存在を疑っていないのは姉のことがあるからなのです。姉様は幼い頃に心の臓の病にかかり死の淵を彷徨ったのですが、命を救われました。おそらくは古代魔法によって……」
ユージンが目を向けると、マリアベルは「すごいだろ」とでも言うように薄い胸を反らす。
「以来、姉様の成長はこのように五歳で停止してしまったのです。本来ならわたくしの二歳年上――一八になるはずだというのに」
「この子が、一八歳、だって……?」
「はい。ですが十年以上を経て、再び心の臓が不調を訴えだしたのです」
どのような魔法であっても、十年も経てば効果を失うこともあるだろう。問題は、マリアベルの命を支えている技術の正体だ。
「私は、さっきも言った通り王座を取り戻したい。ランドールに任せておけないという点で、私とヒルデの意見は共通している。でもこの子は、もう表舞台に立ちたがってないのよね」
「女王様を旗頭にした方が、王座奪還もやりやすいってことでしょ?」
「そうそう。あんた、魔法オタクなだけじゃないんだね」
「ふっふっふ、このマヤさん、地頭も優秀で知られてますからねぇ」
ヒルデガルトが表舞台に立ちたがらない理由はわからないが、確かに見ているとどこか自信がなさげで、おどおどしているように見えた。
まだ年若いこともあるだろうが、少なくとも彼女に国の舵取りなどという重責がまっとうできるとは考えづらい。
「そこで、このマヤが持ってきた情報が役立つことになったわけよ」
「そう! ユージンさんこそ古代魔法――ぷわっ!?」
マヤに、言っていいことと悪いことの区別などつきそうにないので、洗いざらい、自分から暴露し終わっているだろう。
それでも腹立ち紛れにユージンはマヤの顎をつかんで、握りつぶさんばかりに力を込めてやった。
「
「お前の口は、そのまま潰してやった方が世の中のためになる気がするんだが?」
「あ、あの、ユージン様、ぼ、暴力は――」
顔なじみであるレヴェンナは面白そうにユージンとのやり取りを見物しているのに、ヒルデガルトが慌てて止めに入った。
(どこまでお人好しなのかね……)
チラリとヒルデガルトに視線を向けたあと、雑に解放する。
「女王様に感謝しろ」
もっとも、本当に怪我をさせるつもりもなかったのでユージンにとってもありがたいタイミングでの仲裁ではあったのだが。
「ともかく、不思議な力を持った人物が現れたと聞いてね」
「あ、あの! ユージン様! 姉様を治療することは可能ですか!?」
「と、こんな感じで、キミと引き合わせることを条件にして、ヒルデガルトは私達の旗頭になることを承諾してもらったというわけなのよ」
「せこい話だな……」
引き合わせるのが条件である以上、マリアベルの異常が回復するかどうかは関係ないということだ。
そんな、不確かな条件にすら縋り付かざるを得ないヒルデガルトの気持ちを考えると、部外者だとはわかっていたが、多少の同情心は湧いてくる。
ユージンはマリアベルを見た。
「……俺になにができるかはわからんが、胸を診せてもらってもいいか?」
「一八歳の、乙女の柔肌を見せろと言う。これはもう、責任を取って結婚する案件」
自分の命に関わることのはずなのだが、本気なのかふざけているのか、なかなか図太い反応を見せる。
顔立ちは似ていると思ったのだが、性格はどうやら似ていないらしい。
「誰が五歳児に欲情するか……。いいから、その長椅子に横になって、心臓のあたりだけでいいからシャツの前をはだけてくれ」
「むぅ、和ませようとした心遣い、無下にされる」
心遣いだったのかと肩を落とす。
マリアベルは、不服そうにしながらものそのそと動いて長椅子に横たわり、言われた通りにシャツの前を開いた。
ヒルデガルトは、ユージンが呆れてへそを曲げるとでも思ったのか、はらはらした様子で成り行きを見守っている。
「これは、傷跡……いや、違うか……」
ほとんど目立たないが、マリアベルの胸部にはうっすらと線のような傷跡が存在した。
手術痕のようにも見えるが、この世界に外科手術が存在しているとは思えないので違うだろう。
続いて、その傷跡に意識を集中すると、ようやくそれの正体が理解できた。
「ああ、これは、そういうことか……」
傷跡に見えたのは、別の生き物の組織だった。
あの部分だけ、マリアベルとは違う物質が埋まっているのだ。
おそらく表皮から骨、その奥の心臓にまで到達する何か。
そして厳密にはそれは、生物ではない。
ある存在の組織体が移植されているのである。
「だから年齢が停止しているのか……?」
「な、何かわかるのですかっ!?」
期待のこもったヒルデガルトの声に、ユージンはどう答えたものかと迷いながら「多少は」と返す。
「……逆に言うと、多少のことしかわからないな。この場でこの子を治すような方法も、俺にはわからん。力になれなくて悪いけどな」
「い、いえ、それはこちらの勝手な事情ですので」
「……ただ、もしこの子を救いたいなら、こうなった場所が大事になるはずだ。この子がこうなったのはどこだ?」
「それは……その、わたくしは当時まだ三歳だったので……」
「ああ、そうか、妹だったんだものな」
三歳なら仕方ない。
手がかりは途切れたかと落胆しかけたが、
「聖殿」
答えはマリアベルからもたらされた。
「先祖の加護を得るため、聖殿で療養していた」
それは、ユージンがシェルの街であれこれ聞き込んでいた際にも出てきていた遺跡の名前だった。
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