第10話 可視化する鍛錬

 ヨロズハは腕を組んで考える。どうしたものかと。彼女の細腕では檻を破壊することなど出来はしない。しかしふと思い出す。自分を攫った藍髪の一族の一団は木を足でへし折った。ならば目の前のアイイロもそれができるのではないか。


「アイイロ。檻を蹴り壊してくれ」


「バカ言わないでよ」


「でも私を攫った三人もきっと藍髪の一族だろ。あいつらは木を蹴り折っていた」


 アイイロは微妙な顔をして、ため息をついた。そしてまるでわがままを言う子供を宥めるような目線をヨロズハに向けた。


「そんなことできるのは確かに藍髪の一族よ。踊りで足腰が尋常じゃない強さになってるから。でも私の歳でそんなことできるやつはいないわ」


 アイイロの言葉にヨロズハはさらに深く考え込んだ。自分が持っているものを考える。できることを羅列する。問題解決に向けての基本はおさえている。そしてヨロズハはふと思いつく。


「アイイロ。端的に言えば私は声を出すのが得意だ。ここで一番偉いやつの声に近づけてみる。指示してくれ」


「えぇ……そんなことできるの?」


「いいから!」


 ヨロズハは出来る限り低い声を出してみる。そこにアイイロは指示を出す。


「もっとガサついた声よ。族長は」


 ヨロズハは喉を締め、声をガサつかせる。アイイロは眉をあげた。だんだんと藍髪の一族の族長の声に近付いているのだ。彼女はヨロズハに詳細に指示を出し始めた。


 完全に族長の声をトレースできたと思えた頃、ヨロズハは檻の前に立つ。アイイロに目配せをして、ヨロズハは息を吸い込んだ。


「おい!檻の中が変だぞ!ちゃんとしろ!今すぐに調べろ!」


 ガサついて、低く、野太い。おおよそヨロズハの声とは遠い声。それがあたりに響いた。二、三秒すると、一人の青い髪の男がどたどた近づいてきた。彼は松明も持たずに、暗がりのなか檻に顔をピッタリつけて覗き込んだ。


「ん?なんもねぇぞ?」


 言下、彼の顔を檻の隙間から飛び出したアイイロのつま先が抉った。彼は鼻血を吹き出しながらその場に倒れ込む。アイイロはニヤリと笑うと、檻の外に手を伸ばした。


 男の腰元から檻のカギを奪うと、器用に内側から檻の鍵穴に近づけた。かちゃかちゃと音が鳴る。数秒後には二人は檻の外に出ていた。


 ヨロズハは久しぶりに広い空間に出たことで、猫のような声を出して伸びをする。しかしまだここは敵地。アイイロは彼女に警告する。


「出たら終わりじゃないでしょ」


「無論。フタ村の現状をどうにかする!」


 二人は頷きあうと駆け出した。アイイロの先導する背中を追うヨロズハ。毎朝王宮の庭を踏み荒らさないように走っている彼女からしてもアイイロの身のこなしはこの上ないものだ。


 檻のあった薄暗い通路は曲がりくねっている。右左と急に向きを変えるが、アイイロは全く体幹がぶれない。ヨロズハはアイイロが踊りという身体活動のために如何に体を鍛え上げているかを思い知った。


 薄暗い通路から抜ける。窓から光を差しているのを見つけると、アイイロはなんの躊躇いもなく、それを蹴り割った。ヨロズハはギョッとした。


「王宮なら始末書ものだぞ!」


「そんなに高貴じゃないのよ!」


 二人は粉々になった窓のかけらを避けて、窓枠から外へ出た。フタ村の外気を意識して吸ったのはヨロズハは初めてだ。


 柵が多い。フタ村の一部を見たヨロズハの感想だ。牛や豚などがその柵の中で低い声を出しながら餌を貪る。そんな様子を見ながら二人は人気のない方へ駆け足で向かった。檻から出たことは遅かれ早かれバレる。ならば一旦できるだけ離れようと二人で合意したのだ。


 しばらく走る。フタ村と隣のサン村を隔てる大きな川の近くの草むらに二人は隠れた。


 流石のアイイロも肩で息をしている。彼女は服に手をかけた。汗だくの服を脱ぎ、サラシ一枚になると手巾を取り出した。


「ヨロズハはまだ隠れてた方がいいわ。赤い髪は目立つし」


 そういうとアイイロは手際良く川の水に二枚の手巾を浸して草むらに持ってきた。片方をヨロズハに渡す。


「感謝する」


 ヨロズハは袍を脱ぐと体をくまなく拭った。そよ風が裸の背中をくすぐると心地よかった。ふとヨロズハがアイイロの方を向くと彼女の腕が予想以上にもり上がってているのに気づく。


「上半身も鍛えるのか」


「当たり前よ。踊りは全身運動だから。重い道具も使うし」


 ヨロズハは自分を恥じた。自分が彼女より鍛えていないからではない。踊りの世間的な評価に惑わされ、踊りを無意識に下に見ていた自分に気がついたのだ。ヨロズハは袍を着る前に手巾を膝の上に置いて、正座をする。同じように衣服を着る前のアイイロは何事かと目を見開いた。


「すまない。踊りがこんなにも鍛錬の上に成り立つものだとは全く知らず、今までみくびっていた」


 ヨロズハは深々と頭を下げる。アイイロは少しのけぞるような表情をして、ため息をついた。目の前の少女の正直すぎる態度に対してだ。ヨロズハの頭を彼女は少し強めに小突く。いきなりのこと、そして予想外の力の入れ具合にヨロズハは頭をおさえた。


「な、なにを?!」


「これでよ。さっさと服着て、これからどうするか詰めるわよ」






 



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