第11話 夕暮れ、晴れ舞台

 二人は状況を整理し始めた。まずフタ村は藍髪の一族が幅を利かせている。そして彼らは踊りが認められず世間的地位が低いことに腹を立てている。


「先に言っとくけど、王に踊りを広めてくれと進言してなんて言わないわよ」


「わかってる」


 そもそもヨロズハは王の側近ほど地位は高くない。そして万が一進言できたとしてもそれは藍髪の一族への侮辱にあたる。そのことを同じ美を扱うものとしてヨロズハはわかっていた。


「踊りの誇りを取り戻したいんだよな。ならば踊りしかあるまい」


 ヨロズハの言葉にアイイロは首を傾げる。そんな彼女をよそにヨロズハは言葉を続けた。


「王は言った。虎の巣に踏み込むには虎の案内が必要なんだ。踊りの心に踏み込むなら踊りしかない」


 ヨロズハは少し悔しい思いをしていた。自分が言葉や歌で皆を説き伏せることができたら最高だ。しかしヨロズハはいやがおうにも見せつけられた。彼女の練度を。だから彼女を信じたくなった。


「……考えてみたわ。皆が私の踊りを見て……誇りを取り戻す……でもそこまでの過程がわからない」


 アイイロは言葉の尾っぽに向けて段々と声を落とす。一方でヨロズハは胸を張り、バンと叩いてみせた。


「まかせろ。想いを形にするのは得意だ。いつもやってる」


 アイイロは目を少し丸くする。その目にはニヤリと笑うヨロズハ。


 捕まった時に奪われたと思われた腰にくくりつけていた麻袋は無事だ。細い指でその袋の中をこねくり回し、ヨロズハは一枚の紙を取り出した。そして墨壺と筆。


「アイイロは踊りで誇りを取り戻したいと思った。そこまでの地図を書く。これは一族秘伝の思考法だ」


 紙にさらさらと書いた文字。踊りで皆の誇りを取り戻させる、とある。ヨロズハはその下に一本の線を描く。そしてアイイロに尋ねる。


「踊りで誇りを取り戻すために必要なものは!もしくは連想されるものは?!」


 あまりの剣幕にアイイロはたじろいだが、すぐに答えた。


「魅力的な踊り」


「それに必要なものは」


 ヨロズハはアイイロの言葉の連想をどんどん線で結び、書いていく。


「俊敏性……筋肉……胸と腰の連動……しなやかな手足……演出……あと衣装も……衣装には糸と布……」


 紙がいっぱいになる。そこには線で繋がれた文字同士が蜘蛛の巣のようになっていた。二人はしばらくその紙に目を落としていた。


 人はあまり多くのことを同時に考えたり繋げたりすることができない。これが朱の髪一族の考えだ。そのために蜘蛛の巣のように言葉や概念をつなげて連想していく思考法が編み出された。


 アイイロはくまなく紙を舐めるように見渡す。息を吸うときに一つ一つの言葉を飲み込むように。


「やれる。少し時間をくれれば……私が皆の誇りを踊りで取り戻せる」


 アイイロのアイデアは妙案ではない。単純に素晴らしい踊りをするというものだ。しかし踊りに至る装飾を作る人、衣装を作る人、布や糸、舞台、振り付け、筋肉全てを際立たせるような踊りを踊ると決めた。


「踊りはいろんなもので成り立ってる。支えられてる。……それがあなたのおかげで分かった」


 アイイロは草むらから勢いよく飛び出した。ヨロズハはそれに何も言わない。彼女の目はやるべきことを見据えた目をしていた。旅立つと決めたときに鏡で見た自分の目と同じだ。


 アイイロは少し走ってからくるりと振り返り、ヨロズハにはにかんだ。


「夕方。物見櫓の上を見ていてね」


 ヨロズハは何も言わずにこくりと頷いた。それで満足したかのようにアイイロは走り去った。


  日が傾くまでの時間、ヨロズハは身を潜めていた。一度捕まった身だ。逃げ出しているのが見つかればすぐさま捕まるに決まっている。


 影が伸びて、松明や提灯の用意を人々がし始めるのをヨロズハは物陰から見ていた。彼女は衣服店の影に隠れていた。


「お嬢さん。何してるんだい」


 白髪混じりの青い髪の老婆が後ろに立っていた。青い髪にびくりと体を震わせるが、老婆は何もしない。微笑み、ただ手招きをする。そして老婆は衣服屋に入って行った。


 ヨロズハは迷った。罠か否か。しかし本当に悪人であればゴシチとシチゴが警戒する。しかし今二体はヨロズハの袍の中に収まって寝息を立てている。警戒を完全に解いている証拠だ。意を決して彼女は衣服屋のなかに入った。


 老婆は玄関から一段高くなっている畳のスペースに座っていた。


「あんな所にいたってことは逃げてるんでしょ」


「あ、あぁ、そうだ。あなたは?」


「私はしがない衣服屋よ」


 そう言う老婆の後ろには高そうなタンスが二つ並んでいた。一段だけ空いており、そこには紫色の織物がはみ出ている。そして使ったばかりのようにハサミと糸が散乱している。それを見ていたヨロズハの視線に気付き、老婆はしわがれた声で笑った。


「馴染みの子がね。すぐさま素敵な衣装がほしいっていうのよ。でも変なのよ」


「変?」


「糸の端を結ばないところを作ってほしいって言うのよ。そんなことしたら解けてしまうし、ちょっと……不吉よねぇ。せっかく上質な糸なのに」


「……その人は糸も見てほしいんじゃないか」


 老婆は目を丸くした。


「へぇ、そんな考え方もあるのね。確かに糸を見せたい踊りもあるかもね。でも他にも耳飾りも派手なものだし、腰巻きも妖艶なやつなのよ。十五の子にはちょっと早い気がするわ」


 傾いた日が衣服屋に差し込む。ヨロズハは背中に陽光をうけて微笑んだ。


「きっとその人は何もかも見せるつもりなんだろう。踊りに関するありとあらゆることを。私を匿ってくれてありがとう。おばあさん」


 ヨロズハは立ち上がる。老婆はシワを深くして笑う。


「もう行くのかい」


「あぁ、友達の晴れ舞台なんだ」

 

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