第9話 ヨロズハとアイイロ

 足が疲れていた。ヨロズハは夜通し歩いているのだから当然だ。しかし止まれない。なぜなら彼女は手を縛られ、引っ張られるようにして進んでいるのだ。ヨロズハが思わず毒づいた。


「よく歩けるな。夜は眠る時間だぞ。人の時間ではない」


「んー、俺たちはそういうの嫌いなんだ。お嬢ちゃんは黙って着いてくればいい」


 ゴシチとシチゴが袍の中で震えているのをヨロズハは感じる。二体は獣や妖獣とコミュニケーションを宿主に取らせるという力以外に能力はない。せいぜい体から発せられる光が松明の代わりになるくらいだ。


 ヨロズハは歯噛みした。このまま人攫いに着いてけば、売られるのがオチだ。そうなれば王との約束も果たせなくなる。それだけは彼女が彼女を許せない。


 そう考えて突然体を捩ったり、人攫いと逆方向に駆け出したりしてみる。しかし縄をもつ彼らの体幹は巌のようで、ヨロズハは何度も転んでしまう。


「諦めなって。奴隷にはするけどさ、そんなに悪い暮らしじゃないって」


「そういう問題じゃない!」


 ヨロズハは縄に噛み付いた。歯をノコギリのように横にずらしながら噛み切らんとする。人攫い達は互いに顔を見合わせ、ため息をついた。彼らは何度も人攫いをしているが、ここまで往生際の悪い女は初めてだった。


「はぁ……もういいや、やれ」


 人攫いの中の女がヨロズハに近づいた。縄を噛むヨロズハの顎に手をあてる。一瞬ヨロズハの動きが止まった。何をされるのか全くわからない。


 直後、ヨロズハは腹の真ん中に杭を打ち込まれたような衝撃を受けた。膝を入れられた。そのことを認識するが、どうにもならない。彼女は息ができなくなり、地に伏した。


 土の匂いを感じながら、ヨロズハの意識は段々と消えていった。


 

 次に目を覚ましたとき、ヨロズハは石の床に雑に寝かされていた。彼女はあたりをキョロキョロと見渡す。珍しい鉄格子。明かりは外から差し込んでいるが、とても仄かだ。檻の外は通路のようになっている。


 薄暗い牢屋の中で、彼女は腹をさすった。まだ鈍痛が響く。


「あら、起きた?」


 女の声がヨロズハの背後からした。彼女が勢いよく振り返ると、そこには深い海のような髪がかろうじて見える。


「……あなたも捕まったのか」


「んー……私は捕まったというか……お仕置きで入れられてる」


 ヨロズハは首を傾げる。よくわからない。それが彼女の感想だ。少しでも暗がりの中で情報が欲しい。ヨロズハはゴシチとシチゴを懐から出した。


 二体はふよふよと浮かび、あたりを妖しく照らし出した。すると、自分の姿を見られるのが嫌だというように、目の前の女はサッと目線を逸らした。


 だが顔を逸らしたことで、ヨロズハの目に海より青い髪が目に入った。そしてポツリと言葉が口から出た。


「藍髪の一族……」


 藍髪の一族は踊りを得意とする一族だ。踊りは歌などと共に演じられ、見るものを楽しませる。しかし社会的に一段低く見られることがある。


「そういうあなたは朱の髪一族じゃない。お偉いさん」


 お偉いさんという言葉を前にもヨロズハは聞いた。タダシの言葉だ。彼の言葉には皮肉などこもっていなかった。単純にお偉いさんだと思っただけだ。しかし一方で目の前の女の言葉にはこれでもかと皮肉が込められている。


「なんだ。喧嘩を売っているのか」


「そりゃ売りたくもなるわよ。同じ芸術なのに……なぜ歌と踊りでこんなに扱い違うの?」


 ヨロズハは言葉に詰まった。朱の髪一族は確かに恵まれていた。戦争の役には立たずとも、歌を重宝されて王に拾われた。しかし同じ芸術を生業とする藍髪の一族はいまだに社会的地位が低い。藍髪の女は言葉を続けた。


「だから藍髪の一族がフタの村を乗っ取って国を作るなんてバカな事言い出すのよ。私たちも登用してくれればいいのに。王様って酷いわよね。」


 ヨロズハの中で何か切れたような気がした。王を愚弄するような物言いにヨロズハは立ち上がり、ツカツカとその女に近づいた。


「もう一回言ったら、その喉掻き切るぞ」


 喉を重要視する朱の髪一族の使う最強の脅し文句だ。しかしその女は少し目線を逸らし、頬を膨らませた。


「はいはい。ごめんなさいね」


「チッ……で?なぜ藍髪一族のあなたが牢屋に?」


「反対したからよ。踊りを認めてくれないからって、暴力に訴えて国をつくるのがおかしいと思ったの。誇りを捨ててるような気がする」


 女は爪をかみながらそう言った。ヨロズハは彼女の言葉にだんだんと熱が冷めていくのを感じた。少し彼女から視線を外し、胸に手を当てる。申し訳なさが少し彼女を刺激した。


「……王を悪く言うのはいただけない……でも、あなたが自分の技や美に誇りを持っているのはいいと……思う。悪かった」


「そう……こっちこそ悪かったわ。王の部下の前で王を悪く言うのは美しくないわ」


 その女は深く息を吐くと、青い長髪をくるくると弄びながら言葉を続けた。


「私はアイイロ。あなたは?そしてなんで朱の髪一族がこんなところにいるのよ」


「私はヨロズハ。歌を集めている。あと王の素晴らしさを広める旅をしている」


 初対面で揉めた間柄。少し気まずい時間が流れるのは自然なことだった。ヨロズハは少し唇を噛んで、立ち上がった。そしてアイイロの方へと歩み寄り、手を差し伸べた。


「私がここに来たのは歌を集めるのと、フタの村の現状をどうにかしたいとも思ったからだ。アイイロ。一緒にやろう」


 藍髪の一族の今の在り方に反対するアイイロにとって願ってもない話だ。彼女は少し微笑む。手を取り立ち上がる。


「優しいのね。ヨロズハ」


「最近そうなった」


 シチゴもゴシチの光により、二人は互いの笑顔がよく見えた。




 

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