(二)階段をのぼる夢

 大学を卒業後、地元の高校の保健師になったまではスムーズであった。しかしその職場を二年で辞去した。人間関係で、である。町でたびたび噂にのぼるほどのキツイ性格の管理職がチェスの駒のごとく居並んでいた学校ではあった。大学時代の恩師に泣きつくと、別の学校も紹介できるよ……というありがたい勧めをくださったのにそれを蹴って、まさかの迷走人生に移行する。二十代から三十代後半まで転職に転職を重ねた。


 一つ目の夢。これが私の職業人生の苦難を表していた。高校時代から、頻繁に「階段をのぼる夢」を見続けていたのである。


 どういう内容かというと、なんの装飾もない真っ白な建物の長い階段をひたすらのぼっているのに、なぜか途中で階段が「下り」に変わるのである。感覚では、「行きたい道を間違えたから回れ右して引き返している」というのではなく、「まっすぐに」目的地に向かっている様子なのだ。なので夢の中でも「なぜ急に下りに?」という違和感が刻印されている。

 また別の日では、命綱たるロープを握りしめ急階段をのぼっていて、途中で大風に煽られ下に吹き飛ばされる──ということまで起きた。「せっかくのぼったのに……」とショックを受けていて、また同じ階段をせっせとのぼっていく。

「からくり屋敷」が舞台となっていたことも何度かあった。肩幅くらいの狭い通路(しかも床から何メートルも浮いている)をひたすら歩き回るとか、押入れの中に階段が造られているというアバンギャルドで非常に足場の悪い構造のものをのぼり、結局どことも知らない上に目的地でもなさそうな屋敷内の「別の部屋」に到着し、「ここに着いたのか……で、どこだ? ここ」などと思っている。


 目が覚めると、いつも登山後のようなとてつもない疲労感があった。この階段をのぼる夢は二十代前半くらいまでずっと見ていたと思う。この前数えたら、私は四十代の今に至るまで実に七社に世話になっていた(これも、忘れているものがあるかもしれないので、正確な数とも言い切れない)。学校を辞めた後、たった一度壁にぶち当たっただけなのに、一丁前に人生を呪ってしまい、ちゃちな反発心を出して、厚生・保健とはまったく関係のない道へ──と進路変更した。大学まで出ておいて……しかし、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというように、テレビ・コマーシャルやドラマで白衣を着た人物や古めかしい校舎などを見るたび、吐き気をもよおしたりその場から逃げ出したい気分に襲われるようになったからだ。

 レストランや郵便局のアルバイトもしたし、内職もした。工場の作業員兼事務員だったときもあった。いい会社に潜り込めたな……と思いそこで正社員まで行き着いても倒産したり、上司が警察に捕まったりした。


 夢占いに関する記事を探ると、階段をのぼる夢は「目標に向かって前進する」という心の姿なのだという。私の場合、一向に一向に……どこにも辿り着かない、とそういう予感が──学生時代から──していたのではないかと思う。

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