第7話 バラト国の複雑な事情

西暦2035(令和17)年9月19日 大華国より南 エレサス海


「司令、『ボーダー』が早速戦功を挙げた様です。第16戦闘団が1個軍団を相手取ったお陰で、あちらさんの戦線はマシになっているそうです」


 統合戦術打撃任務群ITSF『マリーン』の指揮艦を務める多機能母艦「ひゅうが」の戦闘指揮所CICにて、山村やまむら海将は艦長の大坪おおつぼ一等海佐から、『ボーダー』に関する話を聞く。対する山村の方は、先程コップに注いだばかりのコーヒーをすすりながら、モニターに目を向けている。


 最初の艦隊集結地点である佐世保から錨を上げること2週間。『マリーン』はエレサス諸島を通過してエレサス海に到達。バラト国南部の港湾都市ガーラに近付きつつあった。


 『マリーン』の規模は非常に大きい。2個護衛隊群を基幹に護衛艦7隻、多機能輸送艦3隻、輸送艦3隻、潜水艦3隻、補給艦6隻を動員する38隻の大艦隊は、米海兵隊の性格を帯び始めた水陸機動団の総戦力を輸送しており、ナローシア王国の平和維持部隊やリーヴィス王国に駐留する米軍からの弾薬と燃料供給でどうにか外征を成せる状態にあった。


 その中でも『マリーン』の基幹たる第1護衛隊群は、2035年時点の海上自衛隊護衛艦隊の中で最強の艦隊と言えた。その中心の航空機搭載護衛艦「あかぎ」は、FA-18J〈ジークホーネット〉戦闘攻撃機を24機搭載した航空母艦であり、他にも〈SH-60L〉対潜哨戒ヘリコプター12機を搭載する事で、広大な海域を捜索しつつ敵潜水艦を狩っていく事が出来る。


 そのお供に付くのは、イージスシステム搭載艦「やましろ」と、2隻のミサイル護衛艦。大戦後、『スタンダード』艦隊防空ミサイルがワイバーン狩りで払底し、一方でアメリカ本国の生産能力は消費分を補充できるだけの能力を喪失していたため、10年かけて戦前の数倍分をライセンス生産。3隻の垂直発射装置VLSには200発近くの国産『スタンダード』が詰められていた。


 さらにその周りには、4隻の汎用護衛艦。個艦防空ミサイルである『発展型シースパローESSM』や07式アスロック対潜ミサイルで空と海中の敵を迎え撃つ役目を仰せつかっている。『スタンダード』のお出迎えを乗り越えた敵機をESSMで迎撃するのが汎用護衛艦の任務であった。


 その真後ろにあるのが、第2護衛隊群だった。こちらはF-35B〈ライトニングⅡ〉戦闘機を4機搭載し、その倍の数の〈SH-60K〉対潜哨戒ヘリコプターを積んだ「かが」を中心に据え、2隻のミサイル護衛艦と5隻の汎用護衛艦で輪形陣を構築している。その護衛対象は水陸機動団を載せた6隻の輸送艦だった。


「」


・・・


9月21日 バラト国南部 港湾都市ガーラ


 ガーラの港にある海軍基地に、山村達『マリーン』の上層部がいた。目的はバラト側の軍人との打ち合わせである。


「ようこそ、ニホン海軍の皆様。国王陛下より皆様の相手を仰せつかりました、ペーシア艦隊提督のザリフと申します」


 よく日に焼けた肌とアラビア風の服装が印象的な男は挨拶を述べ、山村と握手を交わす。


「では我が国の現状についてご説明いたします。現在ベルディア皇国軍は我が国の西部地域に5個軍団を展開。洋上にも50隻程度の艦隊を2個配置し、陸海空全ての面で我が国を圧倒しようとしております」


「…バラト側の兵力は?」


「…それにつきましては、国王陛下より味方にも知らせるなとの事でして…ですが、貴国の助けを借りたい程には厳しいとだけ、申しておきましょう」


 そもそも『門外漢』の国に、第三国を介して助けを求めているのだ。バラト側にもプライドがあるのだろう。山村は敢えてこれ以上の質問をしなかった。


「…では、我が艦隊はガーラ沖合にて待機していればよろしいでしょうか?」


「そうなりますね。少しばかり肩身の狭い日々を求められますが、ご容赦を」


・・・


バラト国首都ディレー 王宮


「そうか、大華の差し向けた『異邦人』の艦隊が到着したか」


 王宮の一室にて、バラト国国王アブドール7世は長椅子に座りながら臣下の報告を聞く。彼は誇りあるバラトの王族であり、自衛隊の事を見下し切っていた。


「見知らぬ新興国の兵など、敵の力を削ぐ程度の駒として使え。我が偉大なるバラトの地を守るのは我が軍でなければならないのだ。全く、イルスハイドの負け犬共も面倒なものを引き込んできたものよ」


 アブドール7世はそう言いながら、水タバコを吸う。宰相はため息をつきながら退席し、廊下を歩きつつ呟く。


「何が偉大なバラト、だ。ベルディアの挑発が始まってようやく軍事費を増やしたばかりというのに…」


 そう呟く中、一人の青年がやって来る。彼はこの国の王子の一人だった。名はフィトラ・アブドール。彼は主に王宮近衛軍団の指揮官としてディレーにいた。


「父上は此度もベルディアを侮っておられる。複数人がかりで説得して漸く援軍を呼べたというのに、情けない事だ。真にこの国の危機だと言うのに…」


「陛下はハーレムで贅沢をする以外に興味を示しませんからな…殿下や他の王子達が国防に奮闘してくれなければ、我が国はあっという間に崩壊していたでしょう」


 二人はそう話して、しかし大貴族や宗教団体の強力なバックがあるが故に排除する事の出来ない王の面倒さにうんざりするのだった。


・・・


東京都 首相官邸


「現在のITSFの状況について、説明して下さい」


「まず『ボーダー』は陸自第8・16師団戦闘団が大華国西部地域に展開を完了し、空自も第3・第7飛行隊が展開を完了。陸自第7師団戦闘団と空自第203飛行隊も展開中です。次いで『マリーン』は、先週打ち上げられた通信衛星による報告によりますと、バラト国ガーラに到達。現地政府より陽動作戦を提案されたそうです」


「陽動か…援軍として扱ってない様だが、大丈夫か?」


「一応連絡は取っておりますが、やはり信頼されていないのが大きすぎますね…」


 宮部がそう呟く中、井上はレジュメを捲りつつ経済産業大臣に尋ねる。


「しかし、ナローシアやリードゥスの資源で何とか保たせると思っていたのですが、弾薬や防衛装備品の生産が低調ですね…先の大戦の反省と後悔を忘れてしまったのでしょうか?」


「いえ…今回ばかりは単純に、『ボーダー』の消費量が予想よりも多く、供給が間に合っていないだけの様です。来月までには要求される生産レベルに到達する予定です」


 経産大臣の報告に、井上は静かにため息をついた。

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