第6話 最初の激突

西暦2035(令和17)年9月18日 大華国西部 黄丘ホーチウ近郊


 グラン・ベルディア皇国軍が仕掛けてきたのは、統合戦術打撃任務群ITSF『ボーダー』先発隊が到着した、その翌日の事だった。


「敵襲!早速『挨拶』をしに来たぞ!」


 飛行場各地のスピーカーより警報が鳴り響き、隊舎で休んでいた隊員達は急いで身だしなみを整え、配置へ向かう。その中で第3飛行隊の戦闘機パイロット達は、乗機のあるハンガーへ駆けていた。


「全く、物凄い嫌な目覚ましだな!」


「『ワーカー』の連中に後れを取るな!そろそろ本当にアイツらに仕事取られんぞ!」


 隊長たる杉浦すぎうら二等空佐に発破をかけられ、一同は駐機している10機の〈F-15EJ〉戦闘爆撃機に乗り込んでいく。飛行場の周囲では、第16師団戦闘団が迎撃戦闘の準備を進めていた。


『ウォッチャー1より地上部隊、敵はワイバーン部隊を先行させつつ、歩兵部隊とリントブルム部隊を前進。さらに少数の魔導師部隊を先行突入させて、遠距離攻撃魔法を仕掛けるつもりだ』


 E-787〈JWACS-2〉からの通信を受け取り、石村は指示を飛ばす。なお敵魔導師の動向については、AWACSに同乗しているイルスハイド軍の魔導師が魔法で探知していた。


「分かった。特科、砲撃準備!距離2万にまでノコノコ近付いて来た瞬間に榴弾と散弾を叩き込むぞ!」


 命令一過、特科大隊が攻撃準備を進める。圧倒的物量を持って攻め寄せるナローシア軍との戦闘や、同様の手法を以て侵略をしようとする特殊生物群の駆除作戦を経て、第16師団の砲兵戦力は非常に強力なものとなっていた。


 例えば、長大な砲身をもたげた5両の29式自走りゅう弾砲。これは27式装甲車ベースの車体に99式自走りゅう弾砲の砲塔を載せたもので、30キロメートル先の敵に毎分6発の155ミリ榴弾を投射する火力を持っている。その背後にあるのは6両のM142HIMARSハイマースで、7トントラックの荷台にアメリカ製の227ミリ六連装ロケット砲を装備。数百個の金属球を詰め、空中で爆発する事で敵に文字通り鉄の雨を降らせるM30A1ロケット散弾を装填していた。


「敵の数は膨大だ、流石に空の連中でも撃ち漏らす可能性が高い。高射特科、気を抜くなよ」


 石村はそう指示を出しつつ、ヘルメットをかぶり直した。


・・・


 数にして100騎。航空戦力としては過剰と言える程の敵が迫ってきている事は、〈JWACS-2〉のレーダーと、無線データリンクで把握している5機の『コンバットワーカー』の知るところであった。


『スペア各機、直ちに迎撃行動を開始せよ。途中的魔導師が妨害を仕掛けてくる、自身の光学探知機能で探知せよ』


「スペア1、了解」


 命令を受け、操縦桿を握る『コンバット・ワーカー』、通称『スペア1』は応じつつ、機体を前へ飛ばす。人員の物理的な不足を軍事用ロボットで補完しようとする風潮は自衛隊においても例外ではなかったが、第三次世界大戦にて既存の無人兵器の抱えるデメリットを目の当たりにしていた日本は、空想的な手段で解決を試みていた。


 その一つが『ワーカー』シリーズの軍事転用であり、ロボット兵士による人員不足解消策は多くの国々を呆れさせていた。わざわざ現段階の技術では課題の多い人型のロボットに、人間の兵士の真似事をさせるのかと。だが『ワーカー』の運用コストは自衛官の人件費に対して有利にあった。何より2030年代の日本のロボット産業は、第三次世界大戦で傷を負った者達の欠損を機械で補うサイバネティクス技術の発展と、リードゥス王国のゴーレム技術の取り込みで急速に発展し、自立型ロボット兵士を技術的に実用化させるのに十分な条件を達成していた。


「スペア各機、掛かれ!トカゲ共をまとめて叩き落とすぞ!」


『了解!』


 5機の〈F-15EJ〉は機首のJ/APG-2火器管制レーダーでワイバーンを捕捉し、搭乗者たる『ワーカー』も、ヘッドマウントディスプレイ用ケーブルを接続して得た情報と、自身のカメラアイで得た情報を照合。そして右手で操縦桿を掴み、引き金を引く。


「スペア1、フォックス2」


 99式空対空誘導弾が1発放たれ、真っすぐ1騎のワイバーン目掛けて飛翔。相手がそれに気付いた時には、ミサイルは至近距離で炸裂。搭乗者とワイバーンの背中をズタズタに引き裂いた。


「敵機、散開ブレイク!」


「距離はまだある、十分にミサイルでしばき倒せる!1機ずつ墜としていけ!」


 そう話す最中にも、レーダーで捕捉した敵に向けてミサイルを発射し、1騎、また1騎と一方的に撃墜していく。やがて目視で十分に認識できる距離に迫り、5機は散開。格闘戦に入る。


 ベース機体が制空戦闘機たる〈F-15EJ〉の機動力は凄まじく、マッハ2.5の超音速で迫るや否や、瞬時に捕捉。04式空対空誘導弾を放ち、僅か十数秒で2騎をバラバラに引き裂く。そこから空中で一回転し、急降下しながら今度は20ミリバルカン砲を発射。毎分6千発の速さで吐き出されるタングステンの驟雨はワイバーンの翼を抉り、機体は身を捻る様に跳んで肉片を避ける。その数十秒後、新たな機が現れた。


「スペアの連中に後れを取るな!点数稼ぎの時間だ!」


 杉浦はそう言いながら、敵騎の群れへ突入。12発装填している空対空ミサイルを矢継ぎ早に放ち、僅か1分で14騎を撃墜する。うち2騎は機銃と、ミサイルで撃ち落とされたワイバーンの死骸が真下に位置していた騎に直撃してのものであった。


 空戦が始まって30分が経過し、戦闘は地上でも始まろうとしていた。相手は最初から戦闘の意思を見せており、攻撃を躊躇う余地はなかった。


「撃て!」


 命令一過、11両の自走砲が轟く。僅か3秒後、砂丘の向こう側に幾つもの火柱が聳え立った。


「な、何事か!?」


 歩兵軍団を指揮する、鎧姿の男は馬上で叫ぶ。が直後に彼は愛馬もろともズタズタに引き裂かれる。絶叫も、その姿も、金属球破片弾の驟雨によって舞い上がった砂塵の中に掻き消されていく。その一撃はまさに無慈悲の一言であった。


「騎兵隊、行くぞ!潰したのはたったの一面だ!一気に押し返せ!」


 中隊長の命令と共に、14両の10式戦車は砂煙を立てながら走り始める。その後続には12両の29式装甲戦闘車。敵の動向は空中に飛ばした観測ドローンで常時撮影し、無線データリンクを用いてリアルタイムで把握している。最前列の軍団は特科部隊の稜線射撃で砂漠の一部と化したが、中列と後列はまだ残っている。左右の騎兵部隊も生き残っており、これを蹴散らしながら押し返す事が求められた。


 そうして戦車部隊が二手に分かれ、挟撃の陣形を取る最中にも、敵は前進を続ける。そして丘の頂上に姿を現したその時、麓が輝いた。


「撃て!」


 砂丘の麓、イルスハイド軍によって土魔法で築き上げられた塹壕より、多数の銃火が飛ぶ。M2重機関銃の横一線を引くかのごとき射撃は歩兵の隊列を一瞬で崩し、84ミリ無反動砲の砲撃が十数人を吹き飛ばす。リントブルムが数頭、塹壕に向かって攻撃を仕掛けようと進んだが、そこに降りかかったのは1発のミサイルだった。


 特科大隊には11両の自走砲以外にも、4両の27式自走多目的誘導弾発射機が配備されている。これは27式装甲車をベースに、中距離多目的誘導弾の24連装発射筒を搭載した自走対戦車ミサイル発射機であり、1両で数個戦車中隊を相手どる事が出来た。そしてこの場合、面で押し寄せる敵に対して非常に強力であった。


 リントブルムが次々と対戦車ミサイルの急降下突撃で撃破される中、足踏み状態に陥った歩兵へ29式自走りゅう弾砲が砲口を向ける。観測班やドローンを用いない直接照準射撃は敵のいたところを文字通り抉り取り、ついに皇国軍は後退を始める。空を見上げればワイバーンも大半が撃墜されており、自衛隊の優勢にあった。騎兵部隊はこれを挽回しようと突撃を試みたが、そこに襲い掛かったのが戦車部隊だった。


「撃て!」


 10式戦車の120ミリ滑腔砲より多目的榴弾HEAT-MPが放たれ、空中で炸裂。多量の金属片が騎馬と将兵を吹き飛ばす。その他の騎兵も普通科の無反動砲で返り討ちに遭い、その時点で勝敗は決したも当然だった。


「敵軍、撤退を開始しました。相当数を撃破しましたので、再度の攻勢を仕掛けるのは厳しいでしょう」


 部下が報告を上げ、石村はほくそ笑む。そして上空では10機の〈F-15EJ〉が悠々と飛んでいた。


 斯くして、自衛隊とベルディア軍最初の戦闘は、ITSF『ボーダー』の圧勝に終わった。特に杉浦の14騎撃墜は第三次世界大戦時の27騎に次ぐ戦果であり、彼の『ドラゴン・ハンター』の名はベルディアにも轟く事となる。

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