第8話 停滞と進展

西暦2035(令和17)年9月22日 大華国首都紫原ズウィーゲン イルスハイド王国臨時政府


 セレン・エルリックは紫原市内の臨時政府が置かれている大使館にて、王太子に報告を上げていた。


「殿下、報告です。ベルティアは戦線に配置している軍勢の6割を喪失し、一時後退。特に我ら『マジシャンナイツ』が他の戦線にも展開できる様になった事で、相当数の損害を与える事が出来る様になったのが影響として出ていますね」


「これからは我らの反撃…と言いたいところだが、未だに大華軍の戦力が十分になっていない。紫原ズウィーゲンは未だにやる気にない様だな…」


 王太子の言葉に、セレンは複雑そうな表情で頷く。ベルディアと事を構える様になって数年、当初は安全圏でもピリついた空気が流れていたものの、今では楽観論が満ちている。実際の戦線が国境線付近で押しとどめられているのも大きいのだろう。


「ここは戦線からかなり遠いですからね…とはいえ危機感を煽るために手抜きするのは軍人として耐えがたい屈辱ですし、そもそも大華の人々を敵に回してしまいます。もどかしいものです」


「そう、だな…ともあれ来月頃にはニホンが増援を送るという。これで戦局を完全に覆し、敵を押し返す事に成功すれば、気運も大きく変わるだろう。それまで耐え凌ぐしかない」


・・・


9月24日 黄丘 陸上自衛隊第16師団戦闘団駐屯地


「団長、大華軍との合同演習ですが、相手はやる気が見えませんね…」


 部下の呟きに、石村は肩をすくめる。今回、大華軍は自衛隊の戦術を学ぶために、1個軍団を黄丘へ派遣。合同演習を行った。だが軍団の士気は石村達が思った以上に低く、実戦でちゃんとやれるのか不安に思えてきた。


「長らく平和を享受してきたツケ、というものだな。だが万が一にも相手が押してきた場合、黄丘に住むイルスハイド人達はどうするんだ?」


「一応かなり後方に避難拠点を設けているそうですが、まぁベルディア軍のあの装備と戦術では我々と『マジシャンナイツ』に押し付けても大丈夫だと考えていそうですね…」


 するとそこに、馬勇栄将軍がやって来る。彼は申し訳なさそうな表情を浮かべながら語る。


「真に失礼ながら、軍の上層部はその様に軽んじている者が多い。お恥ずかしい事ではあるが…むしろ最近は、貴国から金と技術を吸い取って軍の増強に充て、貴国と対立する姿勢を整えております」


 大華国が日本企業の資本とODAを利用して港湾インフラの整備に全力を傾けている事は日本政府も知るところとなっている。そして海上保安庁の旧式巡視船をリースして近代的な船舶の運用経験を蓄積しつつ、自国での軍艦建造も目論んでいる事も。


「遠くの敵より近くの味方を最も警戒するのは、長らく脅威に晒されてこなかったが故の癖なのでしょう…」


「…馬将軍…」


・・・


ナローシア王国北部 グリヌス半島


 ナローシア本国を構成する島の北部、小笠原諸島と対面する位置にあるグリヌス半島。第三次世界大戦の後、この地は国連総会によって日本国の信託統治領となり、宇宙航空研究開発機構JAXAによって管轄される宇宙港と、日本本土と連絡便を繋ぐ空港、そしてJAXA職員を養うための閉鎖都市が築かれていた。


 グリヌス半島の小高い丘は、古来からナローシア人が天体観測を行うのに用いられてきた、宇宙と関りの深い地であり、現在は巨大な宇宙港として利用されている。この宇宙港の特徴としては、従来型のロケット打ち上げ施設のほかにも、国産型の宇宙往還機の打ち上げ施設と着陸用滑走路が設けられている。


 〈アメフネ〉の通称で呼ばれる宇宙往還機は、主に人工衛星の衛星軌道上への輸送と故障した衛星の回収を主任務とし、行きは全長3000メートルのマスドライバーで打ち出し、帰りはそのまま滑走路に降り立ってもらう。このプロジェクトはリードゥス王国の魔法で船を空中に飛ばす飛空船技術と、高い冶金能力に裏付けられたマスドライバー建設技術、そしてローリング・デトネーションエンジンの採用によって実現しており、メディアはもっぱら『科学と魔法の融合』だと喧伝している。


「そして今、この地は史上最高のレベルで忙しくなっている。理由など語るまでもないだろう」


 そう呟くのは、宇宙港の警備部門で使用されている『ワーカー・オフィサー』。そのカメラアイが睨む先には3機の〈アメフネ〉宇宙往還機。


 何せ一夜で全ての人工衛星を失ったのである。衛星網を即急に回復させ、同時に軌道上からこの惑星がどんな場所なのか把握しなければならない。その使命を果たすのがこの基地であった。


 『グリヌス市』と名付けられた閉鎖都市は単なる宇宙への玄関口ではない。近郊には地下鉄道で繋がった工業地帯があり、〈アメフネ〉とマスドライバーの部品、そして人工衛星が民間企業からの委託を受けて生産されている。近年では現地住民の雇用も進んでいるが、日本の実質的な植民地支配に抵抗する者達の破壊活動は止まず、それがグリヌス市を閉鎖都市として成り立たせていた。


「ともあれ、今回はPKFの面々もしっかり見張っているんだ。派手に嫌がらせしてくる事は無いと思いたいが」


「ナローシアの人々も、すっかり現代の暮らしに慣れ親しんだからな。現代の情報社会を支える要素を潰そうとして抵抗運動の支持を失えば無意味だしな」


 基地警備に駆り出された『オフィサー』の面々が、無線通信でそう語り合う中、ついに射出が開始される。3機には計9機の人工衛星が積まれており、僅か1分で成層圏を突破しつつ衛星軌道上に展開。人工衛星を展開してから順次、グリヌスと台湾、リードゥスの宇宙港に着陸する予定であった。


「よーし、行ってこーい」


 『オフィサー』の1機はそう言いながら、日本の宇宙資源たる人工衛星を積んで、空中へ舞い上がる〈アメフネ〉を見送るのだった。

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