第31話 瓜二つの転校生 ④

 休み時間になり、亮は投影されたテキストを消す。

 後ろを振り向いて優月に話しかけようとすると、一足前に隆嗣りゅうじが声をかけていた。


「やあ、俺は弾間だんま隆嗣。前はサッカー部に入ってたけど、今は帰宅部なんだ。神宮寺さんは、妹さんに似て本当に美しい方ですね」


「ふふ、私には勿体ないお言葉です。そういえば、妹から学校に、ネアカのうろちょろ虫がいると聞いていますよ。もしかしてあなたのことかしら?」


 話の雲行きが怪しくなり、隆嗣は助けを求めるように亮の首に手を回し、ことさら陽気に言った。


「うろちょろ虫?聞いたことないけど誰のことかなぁ~。それよりさ、俺、こいつと小学校から親友なんだ。よろしくっ」


「はい、よろしくお願いします。弾間くん」


 隆嗣はズボンで手を擦ってから、さっと手を伸ばした。


 握手という礼儀作法があることくらいは優月も心得ている。そっと手を握り返そうとした時、数人の女子が慌ててその間に割り込み、隆嗣を押し倒した。


「そうはさせませんよ!」


「神宮寺さん、このうろちょろ虫がご迷惑おかけしてませんか?」


「大丈夫ですか?」


 お世話焼きの女子たちに、優月は笑みを見せる。


「はい、私は平気ですよ」


「神宮寺さん、クソ虫男は相手にしちゃダメですよ」


「クソ虫男?」


 優月がきょとんとしていると、隆嗣が女子たちを押しのけた。


「はぁぁあ??!誰がクソ虫だって?!」


「お前のことだよ、クソ虫」


 ポニーテールの女子が煽るように言って、隆嗣を優月から引き離す。


「何だとぉ!?」


 窓から蹴り飛ばされてまだ日も浅い今日。隆嗣は先手必勝とばかり、手を挙げようとした。


 しかし、隆嗣の手が届くよりも速く、碧琴みことの美脚が隆嗣の太ももを蹴る。


 体勢を崩し、後ろに倒れそうになった隆嗣は一瞬、隙だらけになり、碧琴の追撃が入る。連続で蹴りを入れられ、隆嗣は教室の壁に体を強く打ち、今日もやはりダウンした。


 気絶した隆嗣を見て、優月が手で口を塞ぐ。


「え、大丈夫でしょうか?怪我を負っているのでは……?」


「神宮寺さん、こいつは女性の大敵。お仕置きが必要なだけだから、心配ご無用」


「そうなんですか……」


 亮は空気を読み、自分の席を碧琴に譲る。


「はいはい、俺は退散して、こいつを医務室にでも連れていきますかね」


 亮は隆嗣の襟を掴むと、泥酔した屍を引っ張るようにして廊下に引きずり出した。


 優月はまだ隆嗣のことが気になるようだったが、亮が連れ出す様子を見送ると同時に、女子生徒たちに囲まれた。人数は次第に増え、質問と雑談が広がる。賑やかな空気が優月を中心に広がった。


「ねね、神宮寺さん。葉月様と双子なんでしょう?どっちが姉で、どっちが妹なんですか?」


「私が姉ですよ」と、考える間もなく優月は答えた。


 集団の輪の中心には碧琴の姿もある。彼女も優月に話しかけた。


「私は我妻あがつま碧琴。何でも遠慮なく聞いてね」


 他の女性生徒と違い、優月に対しても堂々としているところはさすがだ。


「あ、あなたが。テニス部で妹とペアを組んでいる我妻さんですね?妹がいつもお世話になっています」


「こちらこそ。葉月ちゃんのおかげで美味しいものいっぱいご馳走してもらってるよ」


「そうですか、妹は料理上手ですものね。うちのシェフの方々からも好評なようです」


 碧琴は納得したように笑うと、さっきの自己紹介で気になっていたことを訊ねた。


「そうなんだ。そういえば神宮寺さん、音楽の専門校にいたんでしょ?国内でも名だたる音大附属校はあったのに、対して音楽に強くもない月高に来たのはどうしてなの?」


「私は別に、賞が欲しくて音楽をしているわけではないので。母国ヒイズルの音を求めて来ただけですから、有名校に行く必要もありません。家から近い月高で十分と思いました」


「でも、うちの音楽部って全然プロ志向でもないし、趣味人の同好会みたいなものしかないよ?」


「あら、月高には吹奏楽部もありませんか?」


「ないない」と、碧琴は首を横に振って少し強い口調で言った。


「しかも木管部と金管同好会とが別々にあるっていう謎の構成だし、音楽の先生は軽音部の顧問だしね」


「軽音部ですか?」


 優月に言われて思い出したように、碧琴は目を仰がせた。


「そう、先生の専門がオーケストラの指揮とかではないから、うちの学校にはそういう部活がないのかもね」


「あの、神宮寺様は、フルートのプロですよね?」


 自己紹介の時、ピアノをやっていると言った女子生徒が話題を変えた。


「ええ、まだ一人前とは言えませんが。どうしてですか、長森さん?」


 平均よりもやや背が低く、色素の薄い茶髪を内気なツインテールに結っている少女は、長森瑞音みずね。優月は彼女の方に顔を向けた。


「よかったら、放課後うちの木管部に来ませんか。神宮寺様にはレベルが低すぎるかもしれませんが……」


 優月はとんでもないというように首を振った。


「レベルのことは考えないでください。是非、行きたいです」


瑞音の眉が恥ずかしそうに上がった。


「神宮寺様が来てくださると嬉しいです」


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