第32話 率直の男 ①
二時間目が始まるゴングが響き、
門外不出の令嬢は、亮の想定以上に教養があり、むしろ多くの学生よりも博識だということが分かった。
四時間目は体育の授業だった。体操着に着替えた学生たちは体育館に集まっている。
男女ともに白のTシャツとクラス色の丸襟。それに、男子は紺色の短パンを穿き、女子はワインレッド色のスパッツを穿いている。
この日は亮たち1組と、葉月の所属クラスである3組が合同授業になっていた。
バスケの自由試合時間になり、1組対3組で、男女別の試合が始まった。
男子コートでは、亮がドリブルしながら走っている。3組の男子が両手を広げてディフェンスするも、亮はキュッと足を止め、ドリブルで器用にボールを繰って相手を攪乱させると、目線は相手を見たままでクラスメイトにパスを出した。
そのままクラスメイトはシュート。ボールは上手くリングに入り、1組が2点獲得。30対27で、3点リードしている。
だが、すぐに3組が反撃を開始。スリーポイントで追いつかれると、1組はディフェンスファールで相手に2点となり、逆転されてしまった。
試合が続くなか、1組はメンバーチェンジを要求する。
コート内に1組の男子たちが集まった。
「残り8分……このタイミングで交代か」
「ああ、このままじゃ埒が明かないからな」
「こっちがもっと、ガツンと攻めないとな……」
「鷹川、何か策でもあるのか?」
チームのリーダー的存在である鷹川が亮の方を見た。
「矢守、大津と代わってくれ。あいつは得点力がある」
他のメンバーが鷹川に訊ねた。
「でもボール運びは誰がする?大津の体力が試合終了まで保てばいいけど」
「そこは俺と河村に任せろ。まずはこの状況を打開しないと」
鷹川の判断は試合に勝つための最短距離のはずだ。
亮がコートから出る時、「お疲れさん」と交代の大津が肩を叩いた。
「後は俺に任せろ」
「ああ、任せた」
二人はハイタッチをして交差する。
コートを後にした亮は
「ライト~、お前ちょっと怠慢じゃね?」と、隆嗣がからかった。
「は?一切手抜きしてねぇよ」
「一発ぐらいシュート打てよ。いざという時に点取れる奴がモテる世界だぞ?」
「モテるためにバスケやってんのお前だけだろ。俺がミスして負けるより、確実に点取りにいける奴にパスするのが俺の役どころだから。チームが勝たなきゃ意味ねぇよ」
「まーそれはそうだけどさぁ。お前マジでシュート下手クソだよな。ドリブルもフェイクも上手いのに、それだけが勿体ない」
「随分言ってくれてるけど、お前は試合に出てもねぇじゃん。その方が大問題だって」
「俺は怪我人なの!試合に出られる体じゃないの、分かる?」
「それに……」と隆嗣は後ろを振り返り、ひそひそ声で亮に言う。
「試合出ちゃうとあっちが見れねぇだろ?」
下心丸出しの隆嗣に、亮は半分呆れて笑った。
「お前さ、本当懲りないよな」
隆嗣がきっと、女子の試合ばかり見ていたのだろうということは、亮には分かっていた。
亮は選手として試合に集中していたが、それでも向こうのコートから時折、物凄い歓声が何度も響いてくるのが聞こえていた。
汗も引き、落ち着いてきた亮はようやく女子の試合に目を向ける。1組対3組、女子の得点数は26対16だった。
「は?」と、亮はつい声を上げた。
「3組って女バスのセンターとスモールフォワードのいるクラスだよな?何でうちが10点差で勝ってんの?」
「転入生はダークホースだったんだよ」
ちょうどその時、亮の目に
「ダブルガード?」
「ああ、ピックアンドロール戦術がメチャクチャ効いてる」
ボールは3組。ゴール下でシュートを打つが辛くも失敗。リバウンドしたボールを取ったのは
「神宮寺さん!」
碧琴は大声でそう言うと、ノールックパスでボールを投げ出した。
優月は自分に付いていた敵一人を突破しボールを取ると、大股でドリブルを始める。ボールのバウンドに合わせて一気にノーチャージエリアまで攻め入ると跳びあがり、巧みなフィンガーロールシュートを決めた。
「きゃああああ!優月さまかっこいい~~!!!!」
黄色い声援とともにスコアボードが更新され、30対18。1組女子は圧倒的な強さで3組を抑えていた。
「すげ……」
「だろ?」
「さすがは神宮寺葉月の双子の姉だな」
「いや……優月ちゃんは葉月ちゃん以上に強い。あれだけ全力でコートを駆け回ってるのにスタミナは十分。シュートも上手い」
今度は二人にマークされている優月だが、躊躇うことなくスリーポイントラインの外から跳びあがった。足のバネが美しく伸びる。マークしている二人も懸命にブロックしようとしたが、優月のフェイドアウェイシュートは綺麗なアーチ線を描くと、心地良いほど美しくリングに嵌まり、さらに3点、チームに貢献した。
「神宮寺さんのおかげで
30対21。
3組の女子も諦めず、ペースを上げて追いつこうとしているが、点差はなかなか縮まらない。
座って試合を見ているメンバー以外の3組女子のなかには、葉月の姿もあった。自分のクラスを応援したい気持ちもあるが、気付けばずっとキラキラした目で優月を追いかけている。
「葉月さまによく似ておられるあの方が、双子のお姉さんですか?」と美波が聞いた。
「ええ」
「凄い方ですね。バスケ部エースの近衛さんですら抑えきれないなんて」
「優月お姉さまは、私よりもずっとスポーツの才能に恵まれていらっしゃいますから」
「葉月さまがよく仰っている、憧れの方ですね?」
「はい、幼い頃から、優月お姉さまは私の目標です」
「何だか分かる気がします。激しいバスケの試合で、あんなに優雅にプレイできるなんて……。同性でも惚れ惚れとしてしまいます」
ボールがリングを打つ強い音が響いた。アタックリバウンドを取った優月は、そのボールをすぐさま碧琴にパスする。碧琴はボールを手に取るとフェイクを混ぜながらドリブルでマークを突破し、翻って跳んだ。ボールはリングを回って入る。碧琴の得点だ。
競争心の強い碧琴の全力プレイは予想の範囲内だったが、彼女にも増して輝いていた優月の姿に、女子たちから何度も歓声が上がる。その熱狂は男子にも波及して、優月に対する応援の拍手が広がった。
「イケイケ優月さま!押せ押せ優月さま!勝て勝て優月さま!!」
優月個人に対する声援が広がり、体育館に響き渡る。
試合を続けながらも、優月はその声援に意識を向けた。そして、あまり出過ぎると嫌われるかもしれないという葉月の忠告を思い出す。
相手チームの表情を改めて観察すると、女子バスケ部所属の面々を始め、動揺が広がっているのが見て取れた。この状況について、優月は冷静に考える。
(さすがにやりすぎましたかね。勝ちすぎてもいけない、少しペースを抑えますか……)
碧琴から送られたボールを、優月は軽くドリブルしてから他のメンバーに送る。
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