「国民的アニメ」

「これから見せるのは、もっとも決定的な部分です!」


 追川恵理子のボタンと共に出たのは、二人の男児と一人の女児が水着を着て海岸にいる絵。これから、あるいはこの後泳ぐのにふさわしい姿をした三人の児童。

「男ってあれだけでいいんでしょうか」

「そうなのです。そして後から述べますがその隠されている部分こそ我々を苦しめて来たのです!」

 自分たち女のそれに比べあまりにも秘匿する部分の少ない「水着」に武美は素朴に驚き、恵美子は激しく吠える。桜子は、絵の左端隅に目をやる。


 その三人の男女を草の陰からにらむ、ひとりの男児。




 尻を丸出しにし、と言うか一糸まとわぬ姿で、邪そうな笑みを浮かべる男児。




「これは、外の世界の人間の誰もが触れているそれなのです。それなのに、こんな風に一糸まとわぬ姿を公開して平気で居られるのです!」


 恵理子の言う通り、それは外の世界で最大級の人気を誇るそれの一エピソードだった。誰もが知っているアニメの、その原作の一エピソードをアニメ化したそれだった。


「こんな島に、怪物なんかいる訳ないもんね……」


 全身を丸出しにしながら悪質そうな顔をするその少年は、小さな機械のスイッチを押す。


 少年は顔がライオン、胴体がチーター、シッポは蛇。

 鵺と呼ぶにもさらに奇形じみたその生物に変貌した。


 そして顔にふさわしいうなり声を上げると、二人の男児の内一人の前に出た。


 その男児が震える中、全裸の少年はチーターの爪で男児の水着を切り裂き、自分と同じ一糸まとわぬ姿にしてしまう。



 その結果、一人の男児はバケモノだと叫びながら、女児の前に一糸まとわぬ姿で現れる事となってしまう。


「キャー!」


 そう映像の中の女児が言ったのと、視聴覚室内の現実の女子が言ったのとどっちが先だっただろうか。90人の内半数の児童が映像の中の女児と同じように目を隠し、残りの内三分の二は言葉が出ないと言わんばかりに大口を開け、残りは救いを求めるように教師や保険会社の人間、養護教諭と言った大人にすがる視線を向けた。


「見ましたか!この棒!これこそが私たちを苦しめて来たのです!それを剥き出しにすることは大変に恥ずべき事であるのは皆さんもちろんわかっていると思いますが、これは実はまだ序の口、いや実は中間点なのです!」


 90匹の迷える子羊に対し、一人の情熱的な羊飼いは吠える。

 オトコは狼とは昔からよく言ったものだが、その狼から羊を守るためならば羊飼いも狼になれると言わんばかりに吠える。

 


 オトコを狼たらしめているのはその棒。


 一糸まとわぬ姿で叫ぶ男児の股間にぶら下がっている棒だと言わんばかりに指し棒で画面上の棒と、その棒を囲むように存在する玉を叩く。

 まるでそれですべてが解決するかのように叩く。動きは激しく、さらにスクリーンを破りそうなほどに強い。実際にはスクリーン自体破損などしないどころか傷一つ付かないし、ましてや画面の中の全く被害者のはずの男児にさえも何の痛みもない。


 やがてひとしきり叩き終わった恵理子は残っていた水を飲み干し、再びボタンを押す。



 二つの悲鳴に何事だと振り返るもう一人の男児。その男児を元の人間の姿、相変わらずの一糸まとわぬ姿で尻を丸出しにしながら逆ギレする水着切り裂き犯。


 彼は再び先ほどの鵺のような姿になり、今度はシッポの蛇でもう一人の男児の水着を食いちぎった。その後についてはもう繰り返しでしかない。


「その先を見たいと言う方は手を上げて下さい!」


 追川恵理子の叫び声に反応するのは、条件反射で動いた二・三名だけだった。

 次の

「あなたたち本当に!」

 と言う言葉により目を覚ました彼女たちがあわてて手を引っ込めた結果、映像は止められた。


「皆さんが賢明で先生は嬉しいです。私たちにとってこんな劇物が、それこそ誰でも見られる存在として蔓延しているのが外の世界なのです!」

「劇物って…」

「とにかく危険だと言う事です。そして!」


 劇物と言う小学四年生に説明するには向かない言葉を吐き出し、またもう一段三十三歳の教師は力を込める。


 リモコンをいじり、ボタンを押す。




「これを見て下さい!」


 そこに映ったのは、先ほど全裸で二人の男児の水着を破ったオトコ。


 そのオトコがオトコにしかない棒を突き出し、排泄物を草むらに垂れ流す。

 平たく言えば立ちションだ。もちろんこんな町ではありえない話であり、汚いとか言う次元ではない。


 そしてその画面がいきなり半分になり、ほとんど同じそれが映る。

 明らかに作り込まれたそれと、やや雑なそれ。

 視点は真後ろからと横からの違いはあるが、その棒が見えている事以外同じ。

 

 前者は公式に放送されたそれ、後者は前者を模したいわゆる二次創作。


 二種類もの排泄シーンを見せられた児童たちは、今度こそ目を向ける事が出来なくなった。

 手を口に当て、吐き気を催す児童たちもいる。自分がついさっき、誰に見られないようにして来たそれをなぜ見せられなければならないのか。

 

(この話はまだ早いとか言う意見もあるかもしれないけど、これが学校の方針だから!) 


 ほとんど同じ映像や絵が、この町のほとんどの学校で使われている。

 それぞれの学校によって使う時期は異なれど、この作品の影響力を示すには十分だった。

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