私たちは戦って来た

 水着を剥ぎ、また立ちションもする。



 その作品の、その話は、何十年と放映されている中での一エピソードでしかない。



 だがその一エピソードが、この町においては代表作のような顔をしている。


 そしてその「代表作」を扱い損ねた学校もあった。


(その失敗例になってしまった子供たちはどうなっているのやら……)


 その「代表作」を、小学一年生の時に見せてしまった学校があった。

 その結果児童たちは脅えるどころかむしろ笑い出してしまい、教師が散々怒鳴り散らし、さらに何度も言い聞かせてようやく「恐れる」ようになった。

 それから五年かけて、その行いがいかに野蛮で下賤であるかを教え込むために「視聴覚室授業」の時間を割かねばならなくなり、その教師は出世街道を外れ地方の学校に左遷されている。


 恵理子は肛門期と言う概念について知らない訳ではないが、それでもその影響が小学生になってまで残留しているのはあまりにも意外だった。初めてそのエピソードを聞かされた時には養母の前であわてふためき、特異な遺伝子の子が集まってしまったのかと義母の胸ぐらをつかみそうになった程だった。


 最初に恵理子がクラス担任の地位を得たのは五年前だったが、その時の担任であった二年生のクラスにこの代表作を見せていたら同じ事になってしまっていたと思うと正直ぞっとしていた。

 恵理子はついさっきそうしたように元より男性の異常な性欲に対し嫌悪感を抱いていたからその男性の異常な性欲の根源であるその棒をいかに危険であるか知らしめようと思っていたのに引き延ばされた時には驚くと共に、人間と言う存在に少しばかり失望もした。

 「産婦人科医院」と言う、人間を縛り付けて来た仕組みから解放された存在から生まれた女でさえも肛門期めいた性欲からは逃れようがないと言う、生物としての野蛮な宿命。


 なればこそ、文字通りの「子宝」をどう育てるかのために、彼女は養母共々燃え上がった。子どもと言う生物、人間と言う生物からお互いの生存を脅かすそれから戦うためにこの町ができたのに、まだ悩ませようとするのか。




「私たちは、こんな存在と戦って来たのです。しかし残念ながら、その戦いは未だに終わる兆しすらありません。彼らにとって私たちは、ただ雑音を垂れ流すだけの邪魔者でしかなく、それどころか敵とさえ言われました。私たちは、あくまでも欲望に溺れる姿を見たくない、子どもたちに受け継がせたくないだけなのに。

 これまで見たように、外の世界には欲の皮が張っている女も少なくありません。それが得だと信じているからこそ彼女らはそんな真似をしてしまう……。そして、その彼女たちの成功が負の連鎖を起こしてしまう。正しき者たちの声はこうして永遠に届かないのです。

 皆さん、心の中にこのような外の世界の悪質な存在がいる事を刻み込んでください。そして、私たちは生きるのです。やがて全てから解放された、何ひとつ傷つけあう事のない世界のために。夜中でも、安全に歩ける世界を。この町だけでなく、世界中のスタンダードにするために!」


 


 追川恵理子は、また叫んだ。

 自分たちの苦しみを吐き出し、次世代に受け継がせるかのように。


 児童たちは何も言わない。


「桜子ちゃん……」

「先生、大丈夫ですか」

「大丈夫よ、桜子さん…それにしても桜子さんは強いですね…」

「先生、桜子ちゃんは休み時間に教えてくれたの、本当はあんなのを作るんじゃなくて、私たちみたいなのが欲しいなーって、誘拐までしたとか」


 その恵理子に対して授業の終わりを感じ少しばかり気の抜けた桜子と武美の言葉は、恵理子の崩れかかっていた体を起こし自分たちの成果を褒め上げようとする元気を与える。

「桜子さん、よくご存じですね!これまでの担任の!」

「いや、お母さんです」

 桜子が首を横に振ったものだから少しばかり失望するが、それでもその失望を表に出す事はしない。


 考えてみればその通りだった。この視聴覚室授業が初めて行われたのは、それこそ町が出来てから二年目。この町における伝統行事であり、通過儀礼であり、既に親子二世代で受けていたとしても一向におかしくなかった。

 ちなみに四時間目で放映された代表作のエピソードはその第一期とでも言うべき時代から既に存在するが、三時間目に放映されたコンテンツはここ数年の間に外の世界で繁殖した異形だった。それこそ雨後の筍のようにその手の代物が湧き出ては女たちの心を惑わし、オトコたちの性欲を満たす。


 そのまごう事なき事実が、恵理子の心をどこまでいたぶっただろうか。



「そうです、私たちの戦いは、まだまだ続くのです。そのためにも、この後の給食はちゃんと食べましょう。そして、五時間目の体育の授業で今日は終わりです!」

「はい!」


 視聴覚室授業のある日は、給食当番も掃除当番もない。宿題もない。あるのは、給食と体育の授業だけ。

 ある意味もっとも楽な日ではあるが、そう思うような児童も保護者もいない。


 そして恵理子、桜子、武美たちが給食を食べようとしている中、校庭には教師たちの手により人形が運ばれていた。


 次の五時間目も、四年生は全クラス合同授業。







 本物の警官を招いての、体育と言う名の、格闘術の授業である—————。

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