オトコたちの罪
三時間目に当たる時間が終わると共に、児童たちはそわそわしながら腰を上げたりうなだれたりする。
自分たちが見ていたアニメとは違う、極めて醜悪なそれ。
「スマイルレディーにやっつけてもらいたいよね」
「でもスマイルレディーはいないよね……」
桜子はトイレへと向かった武美の代わりに、もう一人の隣の席の少女にスマイルレディーについて話す。
スマイルレディーと言うこの町で放映されているアニメ。
金髪にロングスカートを着て剣を抜き、空を飛び戦うヒロイン。
もう十年近く続くそのアニメで活躍するそのヒロインは、すっかりこの町の少女たちの心を掴んでいた。キャラクターグッズも安定して売れており、小学生の間では「大きくなったらスマイルレディーになりたい」と言う意見がかなりの数あった。そして中学生になると消えて行き、高校生になると一人もいなくなる。
そんなアニメしか知らない彼女たちからしてみれば、外の世界のそれは刺激的を通り越して猛毒だった。
「って言うか先生も言ってたでしょ、オトコって本当は私たちみたいな子どもを欲しがってるって。それこそお人形さんの代わりに。実際に悪いオトコが私たちぐらいの子どもをさらって一年近く閉じ込めてたって」
「うわー…」
「スマイルレディーでもさ、悪い奴はそこまでしなかったよね」
「世の中って本当怖いよ…」
そして桜子の言葉は、さらに重たい。ただついさっきの恵理子の言葉を聞きかじった上に静江からの言葉を重ねただけだが、それでも今までのそれで打撃を受けていた少女にはかなりの痛撃となった。
この町にだって犯罪がない訳ではない。だが外の世界よりも少ないと幾たびも言われているし、実際に少ない。その治安こそ女性だけの町が優れていると言う証の一つであると政治家たちはその存在意義を内外問わず述べて回っている。
「でもさ、この町は安全なんだよね。この町は」
「うんうん…」
「みんなで一緒に頑張れる?」
「当たり前だよ!」
だからこそ桜子の口からこんな言葉も出て来る。まだ小学四年生にしてここまでの意識を抱いている桜子はある意味優等生であり、クラスのリーダー格の地位を得るかもしれなかった。
決して特別な人間ではない静江と言う存在を母親に持つのにだ。その事は大変に望ましいそれであり、毎年このようになる児童がいた。
そんなニューリーダーが誕生しようとしている中、追川恵理子がチャイムと共に教室に入って来た。
顔色は先ほどよりさらに悪く、左手にはガラスのコップを抱えている。コップには半分ほど水が入り、小刻みに震えているその姿は一段と痛々しい。
「先生」
「すみません、ついさっきまでお薬を飲んでまして…」
嘘ではない。児童たちにも恵理子のようにあらかじめ用意されていた薬を飲んだ人間は多く、また中には養護教諭によって保健室に運ばれた児童もいる。あらかじめ用意されていたから移動はスムーズだったが、それでも3組100人相当がいた席は90人程度になり、ただでさえめちゃくちゃに広い視聴覚室がさらに広くなった。
ちなみに各学校の保健室も広いか数が多くされており、前者であるこの学校のベッドでは10人ほど三時間目の段階でリタイアした児童たちが寝かされている。それでもベッドはまだ五分の一も埋まっておらず、それこそまるで野戦病院のように薬や包帯なども充実していた。理由としては視聴覚室が大きいのと同じであり、そしてまた給食室も大きくなっている。
給食を作るだけでなく食糧の貯蔵もされており、それこそ大地震や大津波への備えもできそうなほどであった。これに本来の病院やその手の施設まであるのがこの町であり、その手の施設の従業員もたくさんいた。
そんな巨大な学び舎の中で恵理子はたった一人誰にも頼れないかのように歩き、先ほどよりずっと恐ろしい目つきで児童たちをにらみつける。
「さっきは本当に申し訳ありませんでした。皆さんがいつも見ているスマイルレディーとは全く違う、とてもひどいそれを見せてしまった事は先生もすまないと思っています。
しかし、外ではこんなひどい物がそれこそ全年齢対象としてはびこっているのです。オトコだけでなく、女の子にも、お姉さんにも、おばさんにも!」
全年齢対象。
それこそ誰が見ても問題はないと言うお墨付きであり、勝手にやってていいと言う免罪符だった。エットールでさえも対象年齢六歳以上と銘打たれているこの町において、「全年齢対象」など存在しない。
それこそかつての腐敗した宗教ばりにあまりにも軽薄に切られまくっているそれでしかなく、恵理子の嫌いな言葉だった。
「その全年齢対象の存在に、外の世界の人間たちは触れてしまっています。
そして受け入れてしまっています。
さらにショッキングな事に、先ほど先生が見せたそれはまだまだおとなしい方なのです!
これから見せるのは、もっとも決定的な部分です!」
—————あれが、おとなしい。
何度目かわからない一撃と共に何人かの少女が目を伏せ、桜子や武美さえも息を呑む中、追川恵理子はボタンを押した。
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