「カントリーガールズ」

「オトコたちの欲望は、まだまだこんな物ではありません!」


「マイ・フレンズ」の放映が終わり、何人かの児童たちが嘔吐しそうになる中、教師・追川恵理子の声色はますます重たくなった。


 追川恵理子は元々、この町で産まれた人間ではない。産まれて三年でこの町に送られ、そのままこの町にて育てられた子だった。その時既に実父母とは生き別れとなっており、彼女自身その二人の事などもう覚えていないほどに養母に手厚く育てられた。恵理子は知らないが彼女の実母は二十年以上前にこの世を去っており、実父も彼女の事を顧みようとしなかった。彼女にとってこの町はユートピアであると共に絶対的なアイデンティティでもあり、何があってもここに住む存在を守らねばならなかった。


「先生、どういう事ですか」

「武美さん、いい質問ですね。もう一回言いますが、オトコたちの欲望は浅薄な物ではありません。それこそ野生動物とか言う代物だけでは飽き足らず、何でも自分の欲望のはけ口にしてしまうのです」

「何でもって、私たちもですか」

「そうです。いや、むしろあなたたちこそがあんな代物を作るオトコたちの最大の欲望の対象なのです!」

 全身を震えさせながら、武美たちに向かって叫ぶ。オーバーリアクションとか言う人間はいない。この視聴覚室授業を行う人間の中には恵理子のように大声を張り上げるタイプの人間もいれば、淡々と述べる人間もいた。どちらがより効果的なのかはわからないが、そのリアクションの九割以上が意図的なそれであった事を武美は知らない。


 武美や桜子にとって恵理子は、これまで見た事のない「保険会社の人」と同じように冷静沈着な人だった。

 何があっても取り乱す事のない、しっかりとした人。常にクールで格好良く、それでいて自分たちの悩みに向き合ってくれる人。


 「それ」を、ここまで壊してしまう恐ろしい存在。

 

「皆さんは大丈夫ですか!」

「…はい」

「わかりましたぁ!」


 恵理子は、返事の少なさに安堵するかのように再びボタンを押す。




 そこに出て来たのは、ありふれた市街地。

 武美や桜子、他の児童たちも良く知っている市街地。


 そんな都会にやって来た、一人の少女。


 この町にはいない金髪を輝かせ、青い目をしたそばかすの目立つ少女。


 だがその服は横縞が目立ち、しかも星がちりばめられている。下はジーンズ、左手にはこの町でもチェーン店があるハンバーガー店の紙袋がぶら下がり、やはり胸がかなり大きくなっている。

 続いてやって来た赤い服を着た女性は黒髪をお下げにしながら、様々な料理のレシピ本を背負っている。そして、やはり胸が苦しそうなほどに膨れているし、目は細いが鼻が小さくやたら可愛らしい。不必要なほどに可愛らしい。

 それに続くように真ん中に赤い丸の付いた白い服を着て右手にスパナ左手に美少女の人形を抱えた女性、少女たちに声をかけまくる赤白緑の服を着た女性、それらに目もくれず前へ前へと歩く黒と赤と黄色の横縞の服を着た女性。

 その全てが大小の差あれど胸が膨れ、ウエストは引き締まり、美女及び美少女として描かれている。


「見ましたか?見ましたね!このカントリーガールズもまた、外の世界で蔓延している代物です!

 この町を含む世界中の国を、オトコたちは自分の欲望のためにこんな格好にしてしまったのです!」

 

 国家と言う名の、人間をまとめる代表的な存在。

 そんな存在でさえも、外の世界では美少女にされてしまう。

「くどいですが、私たちは戦って来ました!ですが!ですが」

 恵理子はまた声を荒げる。そして教卓を激しく叩き、目から涙をこぼす。

「なぜこんな姿にする必要があるのか、相手の事を何とも思っていないのか!そしてこんな風に、こんな風に……あまりにも歪んだ姿に描かれた存在たちがどう考えているのか、その事を私たちは必死に訴えて来た、私たちの、いや、世界の男のために!」


 教室中に響くほどの声。裏表などない、心からの悲嘆の声。


「皆さん、まだ途中ではありますが!こんな物をもてはやしてしまうのがオトコたちです。彼らはいつか、我々をも、世界の全ての女性を守らんとしている我々さえもこうして揶揄と性欲の対象にし、その価値を貶めるかもしれません!いや、もはやそれほど時間は残ってないと先生は思っています!

 いや…もう手遅れかもしれません!」

 

 頭を抱えながら、もう手遅れかもしれないと叫ぶ。


「他の国の人たちは文句を言わなかったんですか」

「言いませんでした、言ったとしても少数でした。所詮は民主主義社会、数の多い人間の言葉が通ってしまう世の中です。先ほどのそれと同じように、私たちは声ばかり大きな人間として踏みにじられ、だんだん世の中に居場所がなくなり、こうして女性だけの町を作る事となったのです!」


 自分の苦痛を素直に訴えただけなのに、いつの間にか偏狭で狭量だと言われてしまった。

 そして気が付けば、こんな事をするしかなくなった!


 


 そう、この町が決して自然発生などではない事を、恵理子は全身をもって少女たちに訴えかけているのである。

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