「マイ・フレンズ」

「私たちを苦しめている存在を、ちゃんと見ておきましょう」


 その教師たちのフレーズと共に、スクリーンの白味が消え緑色に染まり、茶色が混ざり出す。

「こんなにも自然は素晴らしいのです。動物たちがあるがままに生き、子どもを産み、そして死んで行く。これこそがあるべき姿なのです」

 外の世界から見れば、子どもを産みとかどの口が言うのだろうかとなる。

 事実上の単為生殖が行われている女性だけの町において、出産を説明するほど困難な事もない。

 勇者とは畜産農家と言う名の出産を目の当たりにする職業に就く人間であると言うジョークが第一の女性だけの町において存在するが、この町では勇者以上の英雄だった。

 

 その程度に面の皮の厚い教師の説明を聞きながら、桜子と武美は何の事はない理科の授業のような映像を見る。


 武美はどちらかと言うと細かい事を気にしないタイプであるが、あまり友人は多くない。外の世界や第一の女性だけの町ではそういうサバサバしたタイプは比較的好かれやすいが、この町においては不人気だった。

 一方で桜子は気遣いができるタイプで、自ら進んで困っている子の面倒を見るタイプだった。こちらの方が小学校内での人気は高い。

 この町でも「なかまはずれはぜったいダメ!」「こまってるこにはすぐこえをかけよう!」「みんなちがってみんないい!」の三原則は伝播されているが、第一の女性だけの町ほど重くはない。中学になるとそれこそ小学校の道徳授業の際に消化したよねと言わんばかりに触れられなくなり、外の世界の中学校のように国語数学理科社会英語になる。


 それでも、他人の気持ちに鈍い女性は好かれない。

 相手の気持ちを汲み取って動くのが優れた女性であり、自分ならば相手がどう思うか考えると言うのはこの町で暮らす必須スキルだった。もちろんほとんどの女性がそれを兼ね備えているが、そのスキルレベルにはどうしても個人差がある。無論勉強と言うか訓練して磨く事はできるが、どうしてもコミュ強・コミュ障の差はどうしても生まれてしまう。



 そしてこれからの授業は、コミュ強・コミュ障どちらにとっても辛い時間だった。

 

 穏やかな野生動物の営みに静かな風。

 サバンナを彩る草木が揺れ、ただの理科の授業のような時間だった。二時間目が体育であったらそれこそ寝ていた児童も出そうなほどに、穏やかだった。




「それなのに!」




 だがそのやや不謹慎ながら穏やかな時間は、一人の声によって破られた。


 それなのに!


 怒声と言うより、嘆きの声。悲しみの声。

 腹の底から出されたその声はともすれば夢の中に落ちそうだった児童たちを摘み上げ、現実と言う名の悪夢へと引き戻す。

 何人かビクッと言う擬音がしそうなほどに体を揺るがし、中にはヒッと言う声を口から漏れ出させる児童もいた。


 そしてその流れのまま、耳目を集めた教師はボタンを押す。


 そのひと押しにより野生動物たちは消え失せ、サバンナから四足歩行する生き物はいなくなった。いや、鳥もいない。


 そんな環境破壊か大乱獲の成れの果てのようなサバンナに、赤と黄色に彩られたゴシック体の文字が浮かび上がる。



「マイ・フレンズ」



 その文字と共に、チーターやシマウマ、ライオンなどと言うサバンナの生き物たちの模様に似た服を着た二足歩行する生き物たちが現れた。


 しかもその生き物たちのほとんどが、かなり目が大きくされている。

 その上に目の色も野生動物ではありえないほどに青とか緑とか寒色に染まっている。胸も大きく、その動物的な服もその事をやたらと強調されている。


 要するにはっきりと、ヒトの女性とわかるそれだ。


「ここにいる生き物には、オスもメスもいました。生き物たちは自然の秩序を守り、決して欲望を露わにすることなく生きているのです。しかし人間、取り分け性欲の突っ張った人間たちは、こんな清らかな生き物たちからさえも性を見出してしまったのです!」

 そんな有り得ない存在を見せながら教卓を叩く教師の声は、先ほどより一層強い感情が込められていた。

「私たちは、この町を作った人間たちは!こんな淫乱なる産物に対し品性を落とすだけであると幾たびも諫言しました!しかし彼らは鼻で笑って答えようとせず、しかも逆に我々を偏狭であると非難したのです!

 その挙句と言うべきか、これらの欲望の産物を生み出したのは女性でした!男の前でこのような真似をするなど、何とはしたない!なぜ冴えぬ男たちの機嫌を取り、女性の品位を自ら落とそうとするのか!そしていくら私たちがぁ、ああ……!」


 そして叫びながら呼吸を荒げ、教卓に両手を付きながら児童たちを見下ろす。

 彼女はこの仕事に就いてもう十二年になるが、それでもその醜悪な代物には慣れない。なぜそこにいるだけの野生動物に、ここまでオトコたちの欲望を剥き出しにしたそれを与えねばならないのか。



 その後も次々と動物の装束を纏った奇形の少女たちが次々と現れ、仕様もない事を喋り出す。喋るだけならばまだいいが、何人かいかにも甘ったるい声を出し、異性を誘惑している。

「うう…!」

 何人か本当にうめき出す女子たちが出始める。発情期を迎えた野良猫の鳴き声さえも聞いた事のないようなこの町産まれの女子たちにとっては、あまりにも刺激の強い声だった。

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