第五章 怪談

この町ができた理由

 桜子と和美の通う小学校は、大きくも小さくもない。

 ひと学年当たり三クラスの、公立学校。

 

 その中身は、第一の女性だけの町はおろか外の世界とそれほど変わらない。

 ただし教育に力を入れていると豪語しているだけにその建物の強度はかなり優れており、議事堂と電波塔の次に堅固な建物だと言われている。実際学校は避難所としても機能するようになっており、年に何度か避難訓練と称して住民たちをかき集める事になっている。だがこれも外の世界でもあまり珍しい話でもない。




 大きな違いと言えば男子トイレがない事と、もう一つ。






 視聴覚室の大きさだった。


 名目としては

「災害が起きた際に安全な校舎の中で外の様子を確かめるため」

 と言う事になっているが、それでも体育館の半分ぐらいの大きさはあった。それに備えてか食糧庫まで存在し、それこそ体育館以上に避難設備として機能している。

 これはどの小学校、いや中学校でも同じだった。


 そしてもちろん、「教室」としての機能も充実している。


 視聴覚室にて何をやるか、どんな授業が行われるか。その答えは言うまでもない。




「今日来てない子いるよね」

「風邪だって。桜子ちゃんは大丈夫なの」

「私と和美は大丈夫だけど」


 桜子たち四年生のその日の三、四時間目の授業は連続で視聴覚室での授業だった。しかも同じ四年生の全クラス一斉にである。これは別に四年生だからではなく、和美たち二年生でも普通に行われていたしどの学年でも行われている。

「いや武美こそ大丈夫、去年吐いてた子いたけど」

「私は平気だけど、そう言えばその子転校したんだっけ」

「そう。でもママから聞いた事あるけど、どこの学校でもやるらしいよ。って言うかやらない学校なんてほとんどないって」

「もしかしてこの町からいなくなっちゃったのかな」

 

 と言うか、この町全ての学校で行われている。一年生から六年生まで、いや中学三年生まで。その義務教育九年間の全てで「視聴覚室授業」は行われている。回数については学年によりまちまちだが、内容については全く変わらない。

 この町にも私立学校はあるが私立小・中学校は併設校一校しかない。高校になると三分の一が私学だが、その頃には「視聴覚室授業」はとっくに終わっている。って言うか、一校しかない私立小・中学校でも「視聴覚室授業」は行われているし、むしろその数は多いとさえ言われている。

 そしてこの「視聴覚室授業」で嘔吐したり体調不良を訴えたりする子どもは少なくない。それに備えるかのように養護教諭や看護師が立っている事もあり、授業の過酷さを知るにはそれだけで十分だった。なおその養護教諭や看護師さえもマウスピースを口に嚙ませる事もあり、彼女たちにとっても過酷な時間だった。もちろん手当はそれ相応だが、それでも辞退したがる職員たちの声は絶えない。

「不愉快に感じるのは当然の事です。我々は世界にそれらがいかに不愉快な害毒であるか教えるために授業を行うのですから」

「先生たちも見て来たのですか」

「はい、私たちもです」

 

 そう教師は口では言うが、教師たちからしても大変な出来事だった。

 この視聴覚室授業のための専属の教師と言う特殊なアルバイトも存在し、公立学校でさえも依存している事もある。それでもそれだけで飯が食えるほどでもないので、なんとも悩ましい授業だった。

「先生、あの人は誰ですか」

「あの人は保険会社の人です」

 そして視聴覚室授業用保険と言うのもあり、教師児童問わず多くの人間が加入している。と言うか入学金の中に組み入れられている学校も多々あり、この学校でもそうだった。

 そのため、保険会社の人間もこの場にはいた。彼女たちはその場に居合わせない事も多いが居合わせる場合は社から危険手当が支払われるため、だんだんと居合わせる人間が増えた。と言うか、居合わせない人間は保険金を渋っているとか言う風評があふれ出しだんだんと参加が義務のようになって行った。と言うか実際診断書が取れずに保険金の支払いを渋った会社が経営が傾き吸収合併された事もあり、ほとんど立会うのが必須になっている。教師でもないスーツ姿の人間はなかなかに特異な存在であり、どうしても耳目を集めてしまう。

 

 やがて役者が揃った中、三時間目の授業は始まった。視聴覚室授業のお約束よろしく教室内の照明は落とされ、白いスクリーンが薄暗い部屋の中に浮かぶ。




「私たちを苦しめている存在を、ちゃんと見ておきましょう」


 その言葉と共に、地獄とも言うべき九十分が始まる。

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