第36話 ヒヤヒヤしたァ!

 なんやかんやありまして、農家が実質的な出世を果たし、私はJKとハイタッチをした。

 晴太は、いままで女っ気がこれっぽっちも無かったから、顔を真っ赤にしながらお付き合いをするという報告を私とJKにしてきた。JKが嬉々としてからかっていたが、恥じらいの中に喜びも感じられて、こちらとしても嬉しくなってしまった。

 え?私の相手?………すみません、日本語でおk?




「よっ!…と。書類持ってきましたよ。」

「あー、ありがとー。」

 今日はJKの補佐として仕事をする。自分の仕事はいいのかって?……戦闘員Hは優秀なんだ…………

「今の通話相手はどちら様で?」

「今、うちで出会って結ばれた二組のカップルの結婚式の会場とか業者さんとの交渉中だよぉ。」

 少々疲れた顔で笑いながら話す。

「少し休憩しましょう。根を詰めても良いことは無いですから。紅茶御入れしますね。」

「マジ~?サンキュー。」

 相当疲れていたのか、椅子の背もたれにダラァー、と腕を伸ばしながら上を向く。


「どうぞ、蜂蜜レモンです。」

「おぉ……ズズ、うあぁ~しみるぅ~。」

「それは良かったです。農家の敷地にあるレモンを使った紅茶ですよ。まぁ、次からは値段交渉しないと手に入らなくなりましたがね?」

「?………あぁ!ふふ、そうだねぇ?」


 二人で和やかに話していると着信が入る。

「NE、どうした?」

『軍師様は今、JK様の会社におられますか?』

「いますよ。」

『そこから南西九キロの所に怪人が出現しました。』

 丁度良いのか悪いのか……分からんな。

「……そうか。JKどうする?」

「そこって人通り?」

『はい。現在は周りに人影はありませんが、いつ被害者が出るか分かりません。』

「………分かった。軍師と行けば良いのね?」

「え!?」

『え!?あっ、ハイ……』

 NEが戸惑いながら肯定すると、JKは通話を切って私の手を引く。

「行くよ!」

「………はい。」

 JKだけでもいい気が………いや、何かあったら困るし同行するべきか。

 私は諦めて、JKと共に転移ポータルを踏んだ。







 ここは……静岡県か。

「んー?どこにいるんだろう?」

 JKが手で双眼鏡を作りながらキョロキョロと辺りを見渡す。

「あ!第一村人発見!」

 JKが指を指して近付こうとする。

 …………いや! 

「待て!」

「え!?」

 しかし、その時には気付かれていた。その人影がピクリと反応し、こちらに振り返る。

「やはり、怪人か………」

 その怪人は今まで同様黒がベースで、特徴は首元の赤いチョーカーだった。

「………ねぇ、初めてだからさ、もし何かあったら私のことフォローしてね、軍師!」

 何かを取り繕うかのようにそう言うと、ピンクのローブを纏う。

 戦闘訓練は積んでいるため問題はないだろうが、緊張はしているだろうし、万全は期しておこう。

 私も、黒のローブを改めて纏う。私がいつも着ているローブは戦闘員AYに特注で作ってもらったものだ。つまり、おしゃれ服ってことさ。

 





ーJKナナー


 私は正面を向き、怪人を観察する。

 ………足の運びは…………殴ってくるタイプね。

「やってやろうじゃない!」

 私の踏み込みと同時に怪人も足を踏み出す。そのままお互いの拳がぶつかり合う。

「模倣かしら?それとも同じ?ちょっと面倒、ね!」

 私の左足による回し蹴りも仰け反りながら躱される。

「あなた、全然喋らないわね!少しは……!」

 私の右ストレートの追撃に、身体をずらすように避けて、上から手刀がとんできた。

 間一髪避けられたけど、当たってたら一溜りもないわね。勢いのままに地面を抉ってるもの。

「恐ろしいぃ……あなた達怪人って次から次へと強くなるタイプ?やだぁ~。」

 私のちょっとした愚痴にも反応はなく、淡々とこちらに迫ってくる。

「…………!」

「ふっ、ふっ、え?いや速……!」

 ドゴォン!!バラァ……


 気付いた時には後ろの年期の入った建物に身体が激突し、その衝撃で建物も崩れ、私の視界は真っ赤に染まっていた。

「った………」

 どうやら口は動くみたいね。ふふ。

「"Jast kidding"」

 私がそう呟くと、グチャグチャになった体内と、信じられない程の激痛が一瞬で消えた。

「ふぅ~。」

 私が崩壊した建物の中から出てくると、無言を貫いていた怪人も多少は驚いたのか、後退りをする。

「やっぱり、この能力は便利だけど、身体についた汚れとか血は残るから中途半端なのよねぇ~。」

 私は顔と手についた血をピンクのローブで拭き取りながら深呼吸をする。

「第2ラウンドよ。」

 

 私を危険と判断したのか、向こうから急接近をしてきた。

「うぅ!……やっぱり凄まじい速さね。」

 この怪人は動きにキレがあり、無駄の無い攻撃を繰り出してくる。……そう、無駄が無いのだ。

 だからこそ……?

「見切りやすいっ……てね!」

 不意打ちのアッパーカットで身体を浮かし、怪人のお腹に蹴りを入れる。後方に飛ばされて、地面に手を付ける怪人。分かりづらいけど、苦悶の表情をしてるのは分かるわ。お互い一本先取、次で決めてあげる。



 

「っ!」

 構えを変えた……でも、それよりも……なんであなたが佐奈(妹)の我流の構えを取ってるの………?

「……!」

「っ!?まず!」

 呆けてる場合じゃない!

 空気がうねりを上げる程の正拳突きを側転で躱し、前屈みの姿勢になる。

 息を整えて、怪人の懐に飛び込むように走り、裏拳を振るう。

 怪人はそれを自身の左腕で流すと、右手が迫ってきた。……ここで、私は怪人の右肩を左手で掴み、大内刈りモドキを使う。

 怪人は後ろに倒れ始めて、私が追撃の場所を探っていると、怪人が私の足を絡めとった。

「うわ!?」

 お互い地面に背中が付き、立ち上がるのも同時だった。

「ホント、嫌な気分ね。」

 なんでこんな……

 その時、怪人から掠れたようなか細い声が聞こえた。

「ナ…な……」

「っ!?……………誰かしら?」

「わ……た、………さナ。」

 そう言いながら、首元の赤いチョーカーを触る。

 それは小さい頃に、お母さんが買ってくれたお揃いのチョーカーだ。青が私で、赤が佐奈。安物だったけど、そのプレゼントは何よりも嬉しかった。

「っ!佐奈!」

 私は嬉しさで一心不乱に佐奈の元へと駆け寄っていた。今まで、何をしていたのか。その姿はどうしたのか。話題は尽きず、どんどん溢れてくる。

  「待て!落ち着け、JK!」

 そんな声が聞こえたけど、今の私には届かなかった。

「佐奈っ!一体今まで……」

 私は抱き付いて、呑気に身体がゴツゴツだと思いながら身体を離す。

 今度はよく、顔を見ようとした。その時の佐奈の、ついさっき会ったばかりの怪人の顔は驚く程、ニヤリと笑って……


 遅れて音が耳につんざく。

 ドスッ!

 何が?……………それは私の心臓が貫かれた音。


「ハッ……」

 口と胸から鮮血が滴り、怪人が腕を抜き取ると、さらに辺りが血で染まる。

 声を上手く出そうにも、本能が行う荒々しい呼吸に抗えず、私は何も出来なくなった。


 私は俯せに倒れ、視界も眩んできた。口も動かないし頭もボーッとし始めて、ただ虚空を見つめることしか出来なかった。

 あと……何分持つかな…………



 霞む目を酷使しながら、顔を上げる。軍師が焦った顔で、怪人に武器を構える。

 確か、ぼーら…だった気が…紐と石を使った武器。


 ……あれ?

 ふと気がつくと、私の横に瓶が置かれていた。

 これって確か…有能が作った等価交換ポーションだっけ?

 前に、医者と連絡を取り合いながら、了承を得て対象(ほとんどは戦闘員K)をニューワールドの病室で寝かせて、怪我をした人にこの等価交換ポーションを飲ませると、その怪我が病室で寝ている対象に移るってやつだったはず。

 軍師が連絡をとって置いてくれたのかな?


「ふぅ!…………くぅ!…………」

 届かない……たった数センチの距離なのに、身体が言うことを聞かない。

 なんとか足掻くように身体を動かしていると、頭がガラス製の瓶に当たり、瓶が割れて中身がこぼれてしまった。

「あぁ……」

 絶望で目の前が暗くなる。

 私は諦めて、コンクリートの地面に頭を俯せに付ける。おとなしく軍師と怪人の戦闘音を聞いていると、髪の毛が濡れた感じがした。

「?……ぁ………」

 そこには、太陽に照らされてキラキラと光る瓶の中身が流れてこちらにきていた。

 

 ………ちょっと、抵抗はあるけど……ここで惨めに死ぬよりマシ!

 私は意を決して、その液体を地面ごと舐める。舐めすぎると対象へのダメージが心配だから、口がちゃんと動く程度だけ。

 ………よし、動く!

「"Jast kidding"」


 私の身体の異常が冗談だったように消え、体調が万全に戻る。怪人を見ると、ボロボロではあったが軍師が劣勢だった。

「今度はこっちの番ね。」

 息を殺して近付き、背後から渾身の正拳突きを当てる。

「…………ァァ!!!」

 クリーンヒットした怪人は膝をついて倒れると、ゴツゴツとした身体が塵のように無くなり、その中から華奢で、私とそっくりな顔の少女が見える。

「佐奈………」

 私が呟くと怪人だった人の瞼がピクリと動く。

「ん……な、な……?」

「佐奈!?……本当に?」

「会えて、うれしい………」

 そう言ったあと、ゆっくりと目を閉じた。

「佐奈!?佐奈!?」

「JK、大丈夫だ。"まだ"生きてる。」

「っ!急がないと!」

「そのつもりだ。」

 私は軍師と共に佐奈を運びながら転移ポータルを、目指した。

 途中で、佐奈の赤いチョーカーが塵になって消えるのを見たけど、佐奈が無事で……本当に良かった!!

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