第22話

 夏の海を家族ごっこで堪能――ぼくにとっては試練だった――したぼくらは、夏休みということもあり、より長く一緒にいることが多くなった。彩羽さんの気分によってちょっとした家族ごっこをすることも増え、そのたびにぼくは兄さんと呼ばれてなんだかくすぐったい思いをしていた。ただ、ぼくたちの距離は10センチのままとどまり、近づくことはなかった。


「み、みなさん、おはようございます。わ、わが主からのお言葉を伝えます。そっそろそろ夏祭りの季節がやってきました。ま、また悪霊が増えることがよっ予想されます。夏祭りかっ会場だけでなく、ふ、普段から悪霊に注意してください」


 今日の礼拝では、やけに彩羽さんがこちらの方をチラチラ見てくる。見てくる、ということはぼくも彩羽さんを見ているということでもある。見習い神父としては注意力散漫になっていてよろしくない。


 礼拝以外でも、ぼくは彩羽さんの視線をよく感じるようになった。女の子の視線には全然慣れていないので、少し恥ずかしい。


 そもそも、普段から視線を感じることはほとんどなかった。学校には友達はいるが、一人で過ごすことが多かったからだ。女の子とお付き合いしたこともない。とにかく経験不足だ。


 彩羽さんからの視線は、正直……困る。目が合うたびにドキドキしてしまう。ただ、困るけれども、それが嫌ではないのは不思議だ。


 よく目が合う、ということは、それなりに好かれているのだとは思う。初めてのことなのでよくわからないけれども。


 じゃあ、ぼく自身は彩羽さんのことをどう思っているのだろうか。


 最初に感じていたのは、同情だった。翼無しの新人天使様が先輩もいないこの教会に一人で勤務する。その立場をかわいそうに思い、ぼくは彩羽さんを手伝うことを決めた。


 一緒に仕事をするにつれ、彩羽さんのことを仲間のように感じるようになった。一緒の時間が増えるとお互いのこともだんだんわかるようになり、それが心地よいとも感じた。


 今はどうだろうか。家族ごっこをしよう、と言われてぼくは動揺していた。ぼくには家族がいないので、家族のような気持ちになれているのかよくわからない。


 家族のような気持ちになるには、どうしたらいいのだろうか。正直、彩羽さんの言う家族ごっこはあまり効果がないと思う。ぼくができること、それは一緒にたくさんの仕事をするくらいだ。それしかやり方を知らないし、それでいいのかもわならない。


 家族のような気持ちに本当になれたら、彩羽さんとの距離も縮まるのだろうか。それは、嬉しいことなのだろうか。ぼくにはよくわからなかったが、それで家族のような気持ちがどんなものか理解できることを願った。






「天宮さん天宮さん、礼拝でも伝えましたが、夏祭りがあるそうですね。どんなものかご存知ですか?」


「はい、知ってますよ。あの春の花見をした公園で開催されるお祭りです。金曜から日曜までの3日間開催で、夜店も出るため結構な人混みになりますね。最終日には花火も打ち上げられるようです」


「人が多いと悪霊が出てもおかしくないですね……巡回を強化しないといけなさそうです」


 巡回はずっと二人一緒に行動してやってきた。人混みなどはぼくが先行して巡回し、悪霊を見つけたら場所を確保して臨時ポータルを使うことで彩羽さんを呼び出していた。ちょっとした悪霊くらいならおとなしく説得にこたえ天界に還ってくれていた。


 一方で、ぼくらに手に負えない悪霊は天界に連絡をするしか手段がない。連絡をしてもだいたい逃げられるため、ぼくらは悔しい思いを何度か経験してきた。


「私たちも巡回に慣れてきたので、今回はもう少し強力な悪霊にも対処できるようにしたいのです」


「何か手段があるんですか?」


「はいっ!これです!」


 彩羽さんは懐から御札のようなものを取り出してぴらっとぼくに見せてきた。


「これはインスタント束縛術と呼ばれるものです。悪霊を翼ごと束縛することができるんですよ」


 彩羽さんはそのインスタント束縛術について説明してくれた。天使の能力である束縛術をこの御札に込めて1回限りだが使えるようにしたものらしい。悪霊の身体にこの御札を貼り付けることにより束縛能力が発動する。束縛された悪霊は飛べなくなりその場から動けなくなる。


 束縛術自体は天使の能力だが、彩羽さんはまだ使えなくて、このインスタント束縛術に頼るしかないようだ。これは接触しなければ使えないのであまり使い勝手が良くなく、ほとんど使われてこなかったという。


「これがあれば、私も束縛術が使えるので、今までより強力な悪霊にも対処できますよ!」


「でも、悪霊に触るとなると、危険が高まりませんか?」


「多少の危険は承知の上です。それより、強い悪霊は人間に直接的な害をなすので、天宮さんは私の後ろに隠れるようにしてください」


 ぼくはまだ索敵にしか協力できないようだ。情けない気持ちになるが、人間なので仕方がないのかもしれない。


「人混みでの巡回方法は今まで通り、天宮さんが先行して巡回し、悪霊らしき人を見つけたら臨時ポータルを使ってその後は私が対処します」


「彩羽さんの負担だけが増えるようですが……わかりました。くれぐれも気をつけて」


 ぼくらはさらに細かい巡回計画をたてて、お祭りの日に望むのだった。

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