第3話 甘い匂いに誘われたあたしは

 カブトムシ。何故、オクラからカブトムシのかほりがするのだ。


 今日のメニューはキャベツとにんじんを蒸したやつに、鶏の梅肉(?)纏わせ蒸し焼き、ぐるぐるな麩の入った味噌汁、そしてデザートに出来合いのババロア。問題のオクラはというと、鶏の梅肉(?)纏わせ蒸し焼きに取ってつけたような感じで二本添えられている。


 しかしながら結論から言うと、今日は当たりだった。え? オクラからカブトムシのかほりがしているのに? キャベツとにんじんを蒸したやつは例の如く無味なのに? ぐるぐるな麩の入った味噌汁は進軍後に疲れて塹壕で休んでるオークの汗みたいな味してるのにっ!?


 ああ、それでも今夜は当たりだ。何故ならメインの鶏の梅肉(?)纏わせ蒸し焼きが美味いからだ。……いや、厳密にはそれほど美味いわけではない。店で出てきたら早押しクイズ王かスマブラ廃人並みの反応速度(7〜8フレーム)で返金を要求するクオリティーなのだが、例えば好きな子の家に遊びに行って、「晩ご飯作ってあげるぅ〜!」と小首を傾げつつ微笑まれた五分後くらいにレンチンの音と共に出てきたら迷わず「美味しいッ! これっ美味しいよミサトさぁん!」と緒方ボイスで全力で叫べるくらいの代物だった。つまりコンビニチルド(レン)食品のクオリティー。これは正直に嬉しい。ようやくメインディッシュでまともに食べられるものが出てきた。


 鶏肉がまとったそれは果たして梅肉なのかはたまた紫蘇かそれとも大葉なのか、全く判別がつかないくらいに黒ずんでいるが、それでもあの特有の酸味の効いた香ばしい味が鶏肉の臭みを坂本くらいの絶妙さでカバーしてくれている。熱盛ッ!


 だが……そんな主人公の活躍の陰で、緑色したネバネバの物体が、何故か放たなくていい異彩を、もとい異臭を放っている。何故オクラからカブトムシのにほひが……? カブトムシのにほひというのはつまり……えーまず庭の雑草を抜きます、んでそれをゴミ袋に入れまして、夏の蒸し暑い時期に数日放置いたします。そうすると袋の中の雑草が徐々に腐敗していき、土と青臭い匂いに酸味の混じったような独特な香りを放つんです。つまりそういう感じの匂いです。それをばあちゃんちのカルピスくらい希釈したようなのが、嗅覚を撫ぜるんです。何故……?


 ……とりあえず、これは口に入れるの無理そう。ほんとに、何でこんな匂いがするのか不思議でたまらない。もしかしてカブトムシが収穫したんか? それとも、あの都市伝説だろうか……。


 料理長:「二度と『体壊したら入院すればいいや』なんてヒマでクソな考えがもたげない位マズい飯を出してやる。あたちを呪いながらあたちの出す飯を食ってあたちの飯で生きるんだ。もしお前がちょっとでも今の覚悟を忘れて堕落したらまたあたちがマズい飯を出してやる。安心して生きろ!」


 ——ってやつですか? つまり、ワイが再び入院しなくて済むようにあえてマズい飯を出そうとしたけれども、間違ってメインの鶏の梅肉(?)纏わせ蒸し焼きを美味しく作ってしまったから、バランスを取るためにオクラにカブトムシのかほりを纏わせた……!? まさか……そんな! あの料理長が……!? ドンドンドン! 病室の扉が叩かれる。


「エヌヲカさぁん、そこにいるんでしょぉ〜? んなかなかの名推理じゃないですかぁ〜!」


 あああ! 大石さん! 首が、首が痒い……! 痒いっ……!

 疑心暗鬼モード発動。くっ……このキャベツとにんじんの蒸したやつが無味なのは……! まさか……!


 ワイの視線がババロアに移る。まさか……まさかこいつが! 心臓が早鐘を打つ。


(……ところで早鐘ってBPMなんぼくらいなんやろな。そもそも早鐘って何やろか。ワイは親切だからGoogle検索やチャットGPTへの入力がめんどい勢のために代わりに調べてみたで。ふむ、『火事など、火急の事件を知らせるために、激しく続けて打ち鳴らす鐘』とあった。なるほど……じゃああれだな、勢いとしてはカバネリの第一話の鈴鳴りと同じくらいだろう。で、測ってみた。まあ不規則だけど大体BPM160前後。つまり『心臓が早鐘を打つ』ってのは、心拍数が160くらいになってるってことだ。400メートル全力疾走後くらいか。結構エグいな。)


 ババロアの蓋を開けると、そこは雪国だった。夜の底がクークラックスクラン。マッシーロ! やはり勘が的中した。れ、練乳である……。練乳が厚さ三ミリ程度満遍なくかかっている。スプーンで一口——ぎょええええ!!! くっっっっそ甘いッ!!! あっま——井戸田が喉元まで出かかるが、昨日も出てきたので今日は出てこなくてよし。


 ちきしょう! またバランスブレーカーだ。今夜のメニューの甘味が全てこのババロアに吸収されている。メタルスライム並みの特化型ステータス。こいつのレーダーチャートの甘味が蘭ねーちゃんの頭髪くらい鋭角なせいで、他のメニューの甘味がセカオワのFukaseの声も裏返るレベルでゼーローなんや。


 頼む……ババロアは要らんから、キャベツとにんじんを蒸したものに甘酢をかけるとかにしてくれ……。糖分は制限されてないからお菓子は最悪売店で買えるんや。


 うわー! 気づいたら鶏肉がない! 美味しくて先に食べてもうた!!


 ……仕方がないのでキャベツとにんじんを蒸したやつをオークの汗にぶち込んで食った。意外に悪くなかった。


 

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